自轉車瓦版 第93号
昭和60年11月28日発行
資料編、
コロンビア・タンデム・セーフティ、1890年
価格、「ダブルグリップ」ボール・ペダル付き、$200-。「ダブルグリップ」パラレル・ペダル付き、$190- 重量 82ポンド。
コロンビア・セーフティ、モデル番号は製造年を示している。
安全自転車 ポープ製造会社 1888年~1904年
自轉車瓦版 第93号
昭和60年11月28日発行
資料編、
コロンビア・タンデム・セーフティ、1890年
価格、「ダブルグリップ」ボール・ペダル付き、$200-。「ダブルグリップ」パラレル・ペダル付き、$190- 重量 82ポンド。
コロンビア・セーフティ、モデル番号は製造年を示している。
安全自転車 ポープ製造会社 1888年~1904年
ヴェロシペード特許関連 - 9
アメリカ合衆国特許庁
フランク・アーチャーとアーサー・シドニー・ボウリー(英国ロンドン在住)、オーバーマン・ホイール社(マサチューセッツ州チコピーフォールズ在住)の譲渡人
ヴェロシペード。
明細書は、1891年2月24日付特許第447,099号の一部を構成する。出願は1890年12月15日。連番374,721。(模型なし。)1889年5月8日、英国特許第7,734号。
イングランド、ミドルセックス州ラウドンのフランク・アーチャーと、イングランド、サリー州バルハムグローブのアーサー・シドニー・ボウリーは、自転車の新しい改良を発明した。(1889年5月8日に英国で特許を取得、特許番号7,734)そして、添付図面およびそこに記された参照文字と併せて、以下が自転車の完全、明確、かつ正確な説明であることをここに宣言する。これらの図面は、本明細書の一部を構成し、以下のとおりである。
図1は、本発明に従って構成されたフレームを備えた安全自転車の側面図。図2は、後端から見たフレームの分離斜視図。図3は、フレームの最前端を示す、一部側面図、一部断面の拡大破断図である。図4は、フレームの2つの部材の上端を結合し、サドルの支持を提供するブリッジを示す後面破断図。図5は、フレームの2つの部材の前端を接続するために設けられた固体ヘッドの1つの分離平面図。図6は、安全自転車の側面図で、改良されたフレームが取り得る別の形状を示している。
本発明は、ヴェロシペードのフレームの改良に関するものであり、その目的は、これまで我々が知る限り、これまでに製造されたどのフレームよりも軽量で、剛性が高く、耐久性があり、振動の少ないフレームを製造することである。
カークウッド・ミラー社
カークウッド・ミラー社の広告 1892年2月19日
イリノイ州ピオリアのカークウッド・ミラー社は、アメリカ有数の自転車販売業者として名を馳せている。この進取の会社は1891年の春に自転車事業に着手し、主に小売業を営んでいたが、シーズンの半ばを過ぎる頃には、大規模な自転車販売を行うようになった。ちょうどその頃、イギリスのコベントリーにあるボニック社のマネージングディレクター、バジル・ライリー氏がテレフォンサイクルのサンプルラインを持ってアメリカに渡り、ピオリアに直接赴き、この有名な自転車の米国唯一の代理店をこの会社に委託した。自転車部門は当初、サウス アダムス ストリート 108 番地にあったが、すぐに手狭になり、現在は 3 階建て (30 x 100) の建物を増築し、自転車販売専用にした。テレフォン サイクルには 7 つのパターンがあり、重さは 25 ~ 49 ポンドである。カイト パターンは、アメリカ市場で最もよく売れる自転車の 1 つになると期待されている。フレームは 3 枚のスチール チューブで構成されており、非常にシンプルで軽量である。リバティ サイクルについてはシカゴとその近郊を除く州代理店があり、フェザーストーンのロード キング、スイフト、パラゴンの現地代理店でもある。また、ウエスタン ホイール ワークスの製品ラインもすべて取り扱っている。特に注文がない限り、すべての自転車にダンロップの空気入りタイヤを使用。
郵便はがきを送ると、取り扱っているすべての自転車の詳しい説明が記載された '92 年カタログが同封される。
ヴェロ-チェマン誌
下の資料は「ル・ヴェロ-チェマン」誌(Le Véloceman)である。
スポーツとコマーシャル、フランスと海外におけるサイクリングについて
毎月1日と15日発行
散歩、遠足、旅行、物語、逸話、ニュース、サイクリング ・フェスティバル、ゴシップ、レースやクラブからのニュース、観察と批評、産業と商業の進歩に関するレポートなど、役に立つ実用的な情報誌。
註、「Le Véloceman」 は、1885年に創刊したフランス(モンペリエ)の雑誌。
自轉車瓦版 第92号
昭和60年11月28日発行
★出版案内
①"マウンテンバイクの世界”成美堂出版:85.12.1発行・サイクリングライフ社編集
¥1300.-
②児童書“自転車父ちゃん旅だより”85.11.20初版 関屋敏隆・版画と文、小学館¥1200.-
★外国文献案内、
①"The American Bicycler, A Manual For The Observer. The Learner, And The Expert "by Charles E. Pratt, Houghton. Osgood and Co., Boston, Mass., The Riverside Press, Cambridge, Mass., 1879.
②The A B C of bicycling: An instruction book for the tyro Unknown Binding – January 1, 1884.by H. B Hart (Author)
橋本商会 - 3
以下は明治40年ごろの橋本商会の正価表、
自轉車瓦版 第91号
昭和60年11月27日発行
★オーディナリーの乗り方について、
①まずハンドルを両手でしっかり握り、片方の足を後輪近くのバックボーンにあるステップに乗せる。そして、もう片方の足で地面を蹴って前進させる。
②ある程度前進の勢いがついたら、ステップの上に体を乗せ、倒れないようにバランスをとりながら走る。勢いがないと倒れてしまうので、すこし下り坂の所で練習するとよい。 バランスがとれるまでは何度も繰り返して練習する。これば完全に出来るようになるまで、サドルに跨らないこと。初心者は特に注意を要する 。これがうまく出来るようになったら次はサドルに体を移行させる。
③ステップにかけてない方の足をサドルの方へ移行させるとともに、サドルに尻をのせる。尻がサドルに完全に乗ったところで両足でペダルを踏む。この時はバランスを崩しやすいので、スムーズに行なうようにする。推進力がなくなると転倒するので注意をする。
④降り方には、いろいろな方法 があるが、4の図は、スピードを弱めたところで飛び降りる方法である。これはオーディナリーといっしに倒れるように降りるのである。
⑤は通常の自転車と同じうにパダル使って降り方法である。いずれにしてもケガがのないように降りることである。
輪界秘話
「春泥」 第46号 1934年5月1日 発行
輪界秘話
縷紅亭
「自轉車の話」と豫告をされたが、自轉車の新らしい物として世間にもてはやされたのは、今から三四十年前の事で、結局話もそんなところになる。
先代左團次の達者な頃、明治座の華かなりし時代のこと、「明治櫻輪界」といふ妙な名の会があった。これは明治座の河原崎権之助氏が主催で、明治の御代の役者が、昔のやうにぞろつとした姿でみてはいけない。洋服を着ろ、自轉車に乗れと、若い役者達を煽動して、明治座の「明治」と座の紋章の「櫻」とをとつて、明治櫻輪界と名づけて、 自轉車の遠乗会を作った。世話役はその頃の自轉車愛乘家松井康義子爵で、松居松葉氏が顧問になった。
さて、この会だが、これは、當時米國のデートンといふ自轉車を売ってゐた、双輪商会の主人の宣傳が陰の力になつてゐたのである。その會員は、明治座の関係者に限られてゐたので、人数は少かつたが、今の左團次、荒次郎、高之助(木村錦花氏か)左升、納升、竹柴爲三、富士田音蔵氏等で、この外下廻り連は、住吉町の湯本自轉車店主催の 「遊輪クラブ」に這入つてゐた。
で、その遠乗先はといふと、市川は真間鴻の臺、向島の百花園、奥の植半、日暮里の花見寺などで、みんな明治座前に勢揃ひして、デートン車を並べて出かけたものである。
この時代の高級車は、殆ど米國物で、デートン、ピアス、クリブランド、ウエスト等が人気物であつた。英國物はあまり喜ばれず、僅かにハンバー、スヰフトの名が出ていた位である。・・・
自轉車瓦版 第90号
昭和60年11月25日発行
★外国の文献案内(Ⅰ)、 下記の本を所蔵の方はご連絡下さい。
①"Cycling by Viscount Bury Lacy Hillier ”, London. 1895. ②Cycling for Health and Pleasure - An Indispensable Guide to the Successful Use of the Wheel 、Luther H Porter (著) Boston, Mass., 1895.
★アレックス・モールトンの新車が発売された。
価格 AM-14S ・ 575,000円、 AM-14T・ 550.00円、共にZipper Fairing (風除け)、Front Carrier. Rear Carrier付。「バイシクル・クラブ」11月号にアレックス・モールトの特集記事あり。
★自転車による世界最高スピード記録更新。
1985年7月20日、ボンネビルのソルトレイクで、J・ハワードが152.2マイル(約245km/h)という超人的な記録を打ち立てた。12年前にA・アボットが出した記録は138.674mph(約223km/h)であった。
ヴェロシペディスト誌
サイクリストのための雑誌。1887年 (Der Velocipedist)
以下は、マッチレス、シンガーなどの広告
世界最大の自転車工場:マッチレス自転車・三輪車ファクトリー、コベントリー
自転車と三輪車のゴム製パッケージがすべての国で大成功を収めたため、また多くの要望に応えるために、当工場はチェーン駆動の自転車と三輪車、ハンパーステアリングと自動前輪ステアリングを備えた三輪車、タンデム三輪車など、さまざまな機械にゴム製パッケージを適用。当社は再び、ドイツ、オーストリア、ハンガリーにおける総販売代理店権を委託した。
世界最大の自転車工場:シンガー&カンパニー・コベントリー
カール・リスマンは、ハノーバー、オーストリアおよびハンガリーにおけるシンガー&カンパニーの総代表。
サイクリング本
「Le cyclisme théorique et pratique」
L. BAUDRY DE SAUNIER
「サイクリング」理論と実践について
L. ボードリー・ド・ソーニエ 著 1893年 初版
自轉車瓦版 第89号
昭和60年11月19日発行
★自転車の元祖については、いろいろと説があるが、 最近では、ドライジーネを元祖とする説が有力である。しかし、人間が自らの力で駆動させる乗り物が自転車であると定義づけるならば、ドライジーネは該当しないかもしれない。むしろそれは二輪車ではなく、三輪車か四輪車に求められよう。
1418年、ブルネレスキ(Filippo Brunelleschi) が革新的な巻上げ機を発明。
1690年、ラ・ロッシェルの医師リチャードが、ペダルで動かす二人乗り四輪車を発明したと伝えられている。前方に乗った者は前輪を操舵し、後方へ乗った者は足踏みを上下して、ラチェットギャにより後輪を駆動する機構になっている。
トーマス・スティーブンス
下の図は、世界で初めて自転車で世界一周を成し遂げたトーマス・スティーブンス(Thomas Stevens)が、ペニー・ファージング(Penny-farthing)と呼ばれるダルマ自転車に乗っている様子。
彼は、1884年から1886年にかけて、このダルマ自転車で世界一周の快挙を達成した。
この図版は、1888年の「バイシクリング・ワールド(Bicycling World)」という刊行物。