2025年5月28日水曜日

スティーブンスの日本旅行記-⑲

 スティーブンスの日本旅行記-⑲

宣教師の居住地は、街を東から見下ろす松の木に覆われた丘の上にあり、魅力的である。他の地域からも数人の女性宣教師が訪れており、全員アメリカ人である。思いがけない形で出会うことができ、楽しいひと時を過ごした。

日曜日の朝、私はケアリー氏に同行し、教会の信者たちが2000円をかけて自費で建てたという立派な新しい教会を見学した。改宗者たちの誠実さのようなものを感じさせる実に喜ばしいものである。多くの国では、改宗者たちは宣教団から提供される物質的な援助を通して、自らの邪悪な行いを知り、キリスト教の美しさに気づくようである。彼らは自らが奉じていると公言する大義のために自ら金銭を使うのではなく、そこから何かを得ることを期待している。しかし、ここでは改宗者たちが自ら集会所を建て、外部からの援助なしに教団を支えることを申し出ている。これは、「異教徒」を自らの宗教から改宗させることを信奉する人々にとっては心強いことであり、日本人の人格を研究する者にとっても喜ばしいことである。

約500人の人々が教会に集まり、マットを敷いた床に静かに整然と着席している。そこには、昔サムライの弁護士や紳士からごく普通の市民まで、白髪の老男女から、母親に連れられて来たばかりの、頭がぼうっとした若者まで、あらゆる階層の人々が集まっている。こうした母親たちの多くは、宣教師に説得されて習慣である歯の黒塗りをやめ、未婚の姉妹たちと同じように白い象牙色で、服を着て整列し、集会に出席している。好奇心旺盛な部外者たちが大勢、開いた扉の周りに集まり、中を覗き込み、立ち上がってケアリー氏の説教と賛美歌に耳を傾けている。賛美歌はアメリカと同じ旋律で歌われ、歌詞は日本語に翻訳されている。皆、賛美歌を楽しんでいるようで、説教にも熱心に耳を傾けている。

説教の後、会衆の著名な数人が立ち上がり、説得力のある言葉と身振りで自国の男女に語りかけた。ケアリー氏によると、普通の日本人なら誰でも、特別な努力や恥ずかしさを感じることなく、公の場で流暢に、さりげなく自分の見解を述べることができるようである。

日本人のクリスチャンたちが、自分たちの教会に集まり、床に座って歌い、説教し、楽しそうにしている光景は、新鮮で興味深いものである。温厚な日本人の間での宣教師の生活は、きっと楽しいものだろう。

土曜日と日曜日は楽しく過ぎ、小さな宣教師のコロニーでの楽しい思い出を胸に、月曜日の朝、岡山を出発しました。豊かな水田と無数の村々が点在する田園地帯を数マイル走り抜ける。景色は一変し、小さな湖と松の木に覆われた丘陵地帯が広がる美しい田園地帯は、マサチューセッツ州バークシャー・ヒルズを彷彿とさせる。天気は涼しく、晴れ渡り、道は素晴らしいが、ところどころ起伏が激しい。午後、今回の日本ツアーで唯一の事故に遭遇した。急な曲がりくねった坂を下っていると、急カーブの向こうに突然人力車が現れた。衝突を避けるには、側溝に突っ込まなければならない、自転車は激しく投げ出され、スポークが折れてしまった。

神戸、大坂、そして古都京都で楽しい日々を過ごし、そこから京都から東京へと続く有名な東海道へと向かう。「東の海の道」東海道とは対照的に、「中央の山の道」中山道と呼ばれるもう一つの街道も、古都と新都を結んでいる。しかし、中山道は東海道よりもやや長いだけでなく、起伏が多く、面白みに欠ける。京都を出ると、東海道は丘陵地帯を通る低い峠を越え、琵琶湖として知られる美しい湖畔の大津へと続く。

この湖はレマン湖とほぼ同じ大きさで、その超越的な美しさにおいてスイスの宝石に匹敵するほどである。自然の美を深く理解する日本人は、琵琶湖にうっとりと夢中になる。「琵琶湖の八景」はよく語られる。この八つの美とは「石山秋月、勢多(瀬田)夕照、粟津晴嵐 、矢橋帰帆 、三井晩鐘 、唐崎夜雨 、堅田落雁 、比良暮雪 」である。これらはすべて、湖に関する名所である。琵琶湖の水には、様々な伝説やロマンが語り継がれている。


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近江八景之内 瀬田夕照
歌川広重
文化遺産オンラインより

「アウティング」誌 
第12巻 4月~9月 1888年(合本版)
自転車世界一周 トーマス・スティーブンス著
(アウティング誌特派員)