2023年8月23日水曜日

千里行車の駆動方式

 千里行車の駆動方式

正田門弥の千里行車の駆動方式

千里行車(せんりこうしゃ)の概要は、

一、名称は、千里行車、一般的には舟車或いは陸舩車)、欧米風に云えば「門弥のヴェロシペード」(Monya's Velocipede、Shoda Monya's Senri kō sha)

一、製作者は、武州兒玉郡若泉庄北堀村の正田門彌(61歳)。

一、製作年代は、1729年(享保14年)。

一、製作期間、構想から完成まで、5~6年。

一、形状は桐材を使用した木製のボート型で4輪車。一人乗り。本体のサイズは長さ2.8mで、高さは50㎝程、梶棒の高さまでは90㎝)、車体の色は墨色。

一、駆動方式は足踏み式(ゼンマイ仕掛けのラチェット方式)で箱の中の歯車を回し、車輪を回転させる前輪駆動である。後輪は操舵輪。

一、方向転換は車体の下部左右に梶取紐があり、後輪車軸が少し前後に動く。後輪は遊び車であり、車軸は回転しない。(左右の梶棒から紐で後輪車軸に繋がつている)

概念図は以下に

概念図

月堂見聞集にある図
国会図書館所蔵資料

世説海談の図 
国立公文書館所蔵資料

2023年8月22日火曜日

自転車関係資料 - 267

 自転車関係資料 - 267

軍用サイクル装備の説明 (ACMI) 1943年 全90頁

ストックホルム 

ARMÉNS CYKELMATERIEL-INSTRUKTION (ACMI)

FASTSTÄLLD 1943

STOCKHOLM

註、これもスウェーデンの軍用自転車の装備についての解説本

表紙
日本自転車史研究会所蔵

47頁

48、49頁

53頁

74頁

この解説書では、当時の陸軍の自転車装備品、自転車を輸送するための特殊な設備及び自転車整備士試験などについて説明している。

これらの自転車は軍用のために詳細な製造規則に従って製造された自転車である。


2023年8月21日月曜日

自転車関係資料 - 266

自転車関係資料 - 266

「自転車とオートバイの解説」

発行: ストックホルム: 国防コマンドエキスパート  1930年

スウェーデン語 145p

 Instruktion för velociped- och motorcykelordonansen : fastställd 1930

Publicerad: Stockholm : Lantförsvarets kommandoexp. 1930

Svenska 145s

註、スウェーデン軍の指導書

表紙
日本自転車史研究会所蔵資料

40、41頁

ヴェロシペード
ヴェロシペードの部品と付属品。
velocipede (図 21) は次の主要部品で構成されている。フレーム、フロントフォーク、ステアリング、ベアリング部品、コートと上部カラビナホルダーを取り付けるためのラグ付きのハンドルバー、ペダルとスプロケット付きのクランク部品、チェーン、チェーンテンショナー、ホイールハブで構成されている。 (図、22 および 23)、エア・チューブとウェア レール付きのスポークとリム、ブラケットとブレース付きのフェンダー、及びシート ポスト付きのサドル。
ヴェロシペードにはフレームバッグが付属している。 また、ランタン (図 24)、ベル、走行距離計、コート、調理鍋、カラビナとポンプ ホルダー、ホース付きポンプ、必要な工具と修理用付属品が入ったツール バッグなど特定の装備。


44、45頁
カーバイド(アセチレン)ランプ

46、47頁
オートバイ

2023年8月19日土曜日

ダルマ自転車のレターシート

 ダルマ自転車のレターシート

このレターシートは30年以上前にダルマ自転車の意匠があるということで、八神氏からいただいたもの。


提供:八神史郎氏

南アフリカ共和国のケープタウンにあったペニー・ファージング サイクルワークス

ヤガミコーポレーション宛の手紙、1985年5月24日付け
文面の内容は自転車用チューブに関する取引。
シートの下部に懐かしいウォルバーやマビックのロゴもある。

Googleストリートビューでこの会社を調べたところ、現在はこの場所に無かった。

特にウォルバーのチューブラー・タイヤには世話になった。しかし、よくパンクした思い出もある。サドル下には常にこの予備タイヤをトゥークリップ用のビンダのストラップで保持しながら走っていた。

2023年8月18日金曜日

キャリッジ・スプリング

 キャリッジ・スプリング(Carriage Springs)

 サイエンティフィック・アメリカン誌( Scientific American) 

1848年10月7日号

サイエンティフィック・アメリカン誌は、科学雑誌で1845年8月28日の創刊である。

世界最古の科学雑誌として知られている。

1848年の号を眺めていたら、自転車のような図が目に留まった。

よく見ると四輪車の馬車であった。もしこれがヴェロシペードであったならと内心期待を込めて眺めた。


キャリッジ・スプリングの発明

サイエンティフィック・アメリカン誌
1848年10月7日号


この図は、ペンシルベニア州サスケハナ郡スプリングビルのエラスタス T. スプラウト(Erastus T. Sprout)によるキャリッジ・スプリングの発明。
新しく改良されたキャリッジ・スプリングの側面図である。
1847年7月18日に特許状が彼に交付された。
A A、車輪。 C はキャリッジの本体で、この図ではかなり位置が高く配置されている。 B B は、スプリング。 F F はキャリッジの本体の下で互いに交差し、バーと弾性鋼製スプリングパーチを通過するボルトによって取り付けられている。・・・・

2023年8月16日水曜日

自転車関係資料 - 265

 自転車関係資料 - 265

「今世少年」 第1巻第4号 春陽堂 1900年(明治33年)7月23日発行

この「今世少年」は既に東野の旅行記でも紹介している。

同じ号の2か所で自転車を取り上げている。

明治30年代に入ると自転車が徐々に一般国民にも浸透してきた時代であるが、まだこの頃の自転車は高価で一部の富裕層の娯楽的な乗り物であった。

当時の銘柄としては、石川商会が取り扱っていたピアス、アイバンホー 、ノァウード、スネル、グレンドン、スー ダン、伊勢善のクレセント、双輪商会のデートンなどで殆どが米国製の自転車あった。


目次
「今世少年」 第1巻第4号 
国会図書館所蔵資料
以下同じ

51頁

奥付


自轉車談(上)
曙山生
自轉車といふものが我邦へ輸入されたのは、割合に久しき以前からであつて、其頃は二輪車といふものは、木製のガタ車でなければ、前輪の頗る大きい、後輪の頗る小さい車ばかりであつて、今の安全式といふものは皆無であった。
夫で是等の車を一時間三銭若しくは四銭で貸す店が、外神田の秋葉原に三四軒あつて、盛んに學生や丁稚先生の間に持て囃されて居たが、何時しか借馬と共に衰微して来た頃に、始めて安全式といふものが、横濱の波止場へ陸揚されたのである。
此安全式といふものは、外国でも至つて最近の發明であつて、これは前後輪共同一の大さで、歯車と鎖の仕掛で、非常の速力を与えるやうに成つて居る。・・・

2023年8月15日火曜日

ダルマ自転車の風景画

 ダルマ自転車の風景画

下の画は雑誌の切り抜きにである。

雑誌のタイトルと発行年月日は不明。


ダルマ自転車の風景画

現在のこの辺りか?
Googleストリートビューより

グーグルマップより


説明文には、ルドヴィク・クバ の水彩画で百年以上前に描かれたものとある。
ルドヴィク・クバは、チェコ (Ludvík Kuba.1863-1956)の芸術家である。

この画は、ポジェブラディ近くのチュルメク・ナド・シドリノウとフラデツ・クラーロヴェに向かう国道とイチンへの分岐点にあるナ・ヴルチェニの一里塚で、サイクリストが腰を下ろし休憩している。

ルドヴィク・クバがダルマ自転車を描いた風景画で、自転車も正確に描いている。
この水彩画は、同時にチェコ自転車誕生当時の輸送技術とその組織に関するユニークな技術資料とも云える。
ナ・ヴルチェニという不思議な名前を持つこの場所は、現在どのようになっているか? チェコの風景とテクノロジーはどのような変化を遂げたのか?