2022年8月31日水曜日

自転車関係資料-178

 自転車関係資料-178

この本は「理論と実践のサイクリング」

ルイ・ボードリー・ド・ソニエ著、初版1893年 

「Le Cyclisme Théorique Et Pratique」

Louis Baudry de Saunier

Date de l'édition originale: 1893

表題

31頁
女性用三輪車 1820年
この2台の三輪車は構造に若干の相違がある
日本の自輪車(下の図を参照)の原画と思われる

89頁
Le monocycle Martin

103頁
完成された自転車
 M. C. ドナルド(米国)
1869 年

The American velocipede Mac-Donald. 1869


この図画も以前から気になっている一つ、下の錦絵にある乗り物にどこか似ているからである。当初この錦絵を見たときは、ミショー型を連想したが、どう見ても形状が不自然であった。
かなり前になるが別な外国の書籍で見たときにこれが原画ではと強く感じたのである。
思い過ごしであろうか。
上の図画には右側に平面図もあり、後部ステアリング構造がよく分かる。

片羽自転車
駆動方式やステアリング構造が不明

全体
東京日本橋風景
錦朝楼芳虎 画
1870年(明治3年)

自輪車

2022年8月30日火曜日

ラントーン関係資料-6

 ラントーン関係資料-6

これもラントーン関係の資料、
「ザ・サイエンティフィック・アメリカン誌」1865年
The Scientific American、 1865

この記事の号数は調べていないが、前段の記事の中に1865年1月3日に特許を取得とあるので、2月号かも知れない。ページは194頁。

以下、ラントーンの部分を抄訳、

改良されたベロシペード
この発明は、乗客またはライダー自身によって推進される乗り物であり、手と腕によって操作され、レバーと足踏みにより駆動。レバーはクランク付き後部車軸に接続されている。
この車は、昔ながらのベロシペードを完全に置き換えるように設計されている。
それははるかに高い速度を達成し、簡単に制御できる。時速8~12マイルで走ることができると言われている。
この車は、イギリスで最初に発明され、その国で特許を取得。その後、アメリカでも特許を取得している。
各種のサイズとスタイルがあり、素材は錬鉄製で、若者や高齢者のために設計されている。
子供でも適応したサイズのマシンを操作し、補助なしで高速に推進することができる。
イギリスでは非常に人気があり、体のほとんどの筋肉を動かすので、この車の所有者は体育館のミニチュアとも呼んでいる。
1864 年 9 月 13 日、ジョゼフ・グットマン(Joseph Goodman)は、サイエンティフィック・アメリカン特許庁(Scientific American Patent Agency) を通じて米国で特許を取得し、そして、ニューヨークのシー・ピー・ボタン( C. P. Button) に譲渡した。詳細については、ブロードウェイ、192番地の J. R. ポメロイへ。
または、キャナル・ストリートの248 番地でワーキング・モデルを見ることができる。米国での特許製品を販売している。

The Scientific American、 1865

ラントーンの図を拡大

2022年8月29日月曜日

自転車関係資料-177

 自転車関係資料-177

この雑誌は「ヴェロシペディスト」第1巻2号 1869 年 3 月、ニューヨーク

The Velocipedist. VOL. 1. № 2 NEW YORK、 MARCH 1869.

The Velocipedist
MARCH 1869

(一部抄訳)
ヴェロシペードの歴史
これはいくつかの信頼できる資料から抜粋したヴェロシペードの歴史の一般的な概要である。
その後、より詳細な説明に関して多くの問い合わせを受けた。今月号は追加の興味深い項目と図画を紹介する。そのほとんどは、サイエンティフィック・アメリカン誌からである。

ドライス男爵が発明し、イングランドのサリー州のルイス・ゴンペルツが改良したベロシペードと、この図画の説明がある。これは、1821 年に出版されたレパートリー・オブ・ アーツの第39巻から抜粋。
現在流行しているものと多くの共通点があることがわかるが、推進する方法はまったく異なっている。・・・・。

2022年8月28日日曜日

自転車関係資料-176

 自転車関係資料-176

この本は「ホイール・フィーバー、ウィスコンシン州が自転車大国になった経緯」

ジェシー・J・ガント 、 ニコラス・J・ホフマン共著 2013年9月27日発行

Wheel Fever: How Wisconsin Became a Great Bicycling State 

Jesse J. Gant & Nicholas J. Hoffman、September 27, 2013 

表紙

目次

1869 年、この女性はウィスコンシン州で最初のサイクリストの 1 人になった。
男性は当初、女性サイクリストを珍奇なものと見ていたが、後にこのスポーツへの参加に異議を唱えた。
ミネソタ大学図書館、ヘス・コレクション、照らされた西洋の世界、1869年3月13日


アメリカ人は、ベロシペードを技術的な驚異であると感じた。
1869 年までは、ハーパーズ ・ウィークリーに掲載された1818 年のホビーホースを単に趣味的な乗り物と見ていた。
ハーパーズ・ウィークリー、1869年3月6日

1869 年 4 月 23 日、初期の三輪車でポーズをとる見知らぬ男性。
ミルウォーキー公立博物館の写真コレクションより。

2022年8月27日土曜日

自転車関係資料-175

 自転車関係資料-175

この本は「旅行と探検の文学」百科事典、ジェニファー・スピーク編

2003年10月16日発行

Literature of Travel and Exploration: An Encyclopedia

 Jennifer Speake、 October 16, 2003

600以上の書籍を含むこの事典は、旅行記のあらゆる分野を網羅している。

項目、

場所とルート、(アフガニスタン、黒海、エジプト、ゴビ砂漠、ハワイ、ヒマラヤ、イタリア、北西航路、サマルカンド、シルクロード、トンブクトゥ)

作家、(イザベラ・バード、イブン・バットゥータ、ブルース・チャトウィン、ギュスターヴ・フローベール、メアリー・キングスレー、ウォルター・ラレグ、ウィルフレッド・テシガー)

輸送方法と旅の種類、(気球、ラクダ、グランドツアー、狩猟とビッグゲーム遠征、巡礼、宇宙旅行と探検)

ジャンル、(バッカニアの物語、ガイドブック、新世界クロニクル、ポストカード)

企業と社会、(東インド会社、王立地理学会、ディレッタンティ協会)

問題とテーマ、(検閲、亡命、オリエンタリズム、観光)

表紙

自転車関係 95頁

96頁

(以下、書籍の一部)
Birchmore, Fred A、「Around the World on a Bicycle」 1939.
バーチモア、フレッド A、「自転車で世界一周」1939 年

Bolton, Alfred M、「 Over the Pyrenees: A Bicyclist's Adventures among the Spaniards」 1883.
ボルトン、アルフレッド M、「ピレネー山脈を越えて: スペイン人の自転車乗りの冒険」1883 年

Broad, Lucy、「 A Woman's Wanderings the World Over」 1909.
ブロード、ルーシー、「世界中をさまよえる女性」1909年

Burke, W.S、「 Cycling in Bengal」 1898.
バーク, W.S、「ベンガルでのサイクリング」1898 年

Burston, G.W、 and H.R. Stokes, 「Round about the World on Bicycles」 1890.
バーストン、G.W.と H.R. ストークス、「自転車で世界一周」1890 年

Callan, Hugh, 「Wanderings on Wheel and on Foot through Europe」 1887.
カラン、ヒュー、「ヨーロッパを自転車と徒歩で彷徨う」1887年

Callan, Hugh、 「From the Clyde to the Jordan: Narrative of a Bicycle Journey」 1895.
カラン、ヒュー、「クライドからヨルダンへ:自転車旅行の物語」1895年

Chandler, Alfred D、「A Bicycle Tour in England and Wales」1881.
アルフレッド・D・チャンドラー、「イングランドとウェールズの自転車ツアー」1879年

Chilosà、「Waif and Stray: The Adventures of Two Tricycles」1896.
チロサ、「ワイフとストレイ、2台の三輪車による冒険」1896年
97頁

Jefferson, Robert L、「Across Siberia on a Bicycle」 1896.
ジェファーソン、ロバート・ルイス、「自転車でシベリアを横断」 1896年

Jose, A.W、 「Two Awheel and Some Others Afoot in Australia」 1903.
ジョージ、アーサー・ホセ、「オーストラリアを2台の自転車と他のいくつかの道を歩いて」
1903年


98頁


Stevens, Thomas,「 Around the World on a Bicycle」 vol. 1: From
San Francisco to Teheran, 1887.
スティーブンス、トーマス、「自転車で世界一周」vol. 1: 
1887年、サンフランシスコからテヘランへ。

Thwaites, Reuben Gold, 「Our Cycling Tour in England」 1892.
スウェイツ、ルーベン・ゴールド、「イギリスでのサイクリングツアー」1892年

Wells, H.G、「The Wheels of Chance: A Holiday Adventure」1896.
H・G・ウェルズ、「チャンスの車輪:休日の冒険」1896年

Wilson, David A、「Ireland, a Bicycle and a Tin Whistle」 illustrated by Justin Palmer, 1995.
デビッド・A・ウィルソン、アイルランド、「自転車ブリキの笛」
イラスト:ジャスティン・パーマー 1995年

Winder, Tom, 「Around the United States by Bicycle」 1895.
ウィンダー、トム、「自転車でアメリカ一周」1895年

Workman, Fanny Bullock, and William Hunter Workman、「Algerian Memories: A Bicycle Tour over the Atlas to the Sahara」1895.
ワークマン、ファニー・ブロック、ウィリアム・ハンター ワークマン、「アルジェリアの思い出:アトラスからサハラへの自転車ツアー」1895年

2022年8月25日木曜日

自転車関係資料-174

 自転車関係資料-174

この本は「自転車の軍事史、忘れられた戦争マシン」ジョン・ノリス著

2021年5月30日発行

THE MILITARY HISTORY OF THE BICYCLE

THE FORGOTTEN WAR MACHINE、 by JOHN NORRIS May 30, 2021


表紙

目次

イギリス軍は、制服の一部として鮮やかな色の緋色のチュニックを着ていた。ボーア戦争の初期段階のランカシャー・フュージリアーズ連隊。

ボーア戦争の終わりまでに、イギリス軍はカーキ色の制服を採用。エジンバラ公のボランティア・ライフルの派遣騎手が着用した.


自転車は、たとえ砲撃があったとしても、あらゆる状況下で兵士自身が修理しなければならなかった。

2022年8月24日水曜日

自転車関係資料-173

 自転車関係資料-173

この本は「自転車で世界一周」カイ・トーレンフェルト著、1928 年発行

Jorden rundt på Cykle

Kai Thorenfeldt 1928

カイ・トーレンフェルト:自転車で世界一周

デンマークからインド、日本とオーストラリアへ。

そして標高 7000 メートルのアンデス山脈を越え、最後にアメリカ大陸を横断する。

(日本での滞在部分を一部抄訳)

日本

自転車で 12,654 キロの距離を走行した後、4 月 27 日に日本の首都、東京に着いた。

その後、いくつかの海運会社を訪問した。O.S.K. (大阪商船)には見事に私の計画にあった船があった。 13,000 トンのラ・プラタ丸は、 6 日後に南アメリカへの処女航海に出発し、神戸、門司、香港、サイゴンを経由してシンガポールに向かう予定だ。そこからオーストラリアに行く可能性が高かったので、シンガポール行きの便を予約した。この三等船の船旅は、日本食を含めて 16 日間の航海としては最も格安な船賃であった。

横浜の一角にある小さな茶屋で魅力的な芸者に出会い、お互いの魅力を感じ親しくなる。彼女は蓄音機の音楽に合わせて日本舞踊を教えてくれた。私がテーブルに座ると、彼女は2本の指を赤い唇に押し付け、その後、私の唇に触れた。日本の小さな蓮の花である彼女を愛することを恥じなかった。

その夜眠りにつく前に、自分に言い聞かせました。別れは悲しいものになることはわかっていた。

私は彼女に3、4 回会い、最後の夜、私に三つお土産をくれた。クローバー (幸運のシンボル) が置かれた紙切れと、赤い紙の小さなハート、黒髪(愛の象徴)と「親愛なるカイ・トレンフェルトさんへ」と書かれた彼女の写真。その夜、満月の淡い光を浴びた庭を彼女と一緒に歩いた。

静かな夜にはロマンスがある。彼女は置き去りにしないように頼んで、目は涙で溢れていた。私はできる限り彼女を慰めようとして、連れて行くことがどれほど不可能であるかを説明したが、小さな蓮の花を慰めることはできなかった。下宿に戻る途中、彼女が家に向かって悲しそうに消えていくのを見た。

翌朝早く、私は港に行きラ・プラタ丸に乗船し、そこで移民の中に自分の寝台を見つけた。旅の同行者はみな南米に移住する若者たちだった。

さよならを言いに来ると約束していた彼女は友人2人を伴って大きな花束を抱えながら波止場に来た。

ホイッスルはすでに2回吹かれていた。 3回目が鳴り響き、船が日本の土地から離れようとしたとき、波止場では、移民の友人や親戚が最後の別れを告げていた。

すぐに密集した人混みの中に彼女を見つけ、別れるときの日本の習慣に従って、紙のテープを投げた。小さな彼女はそれをつかんだ。私は赤いバラを手に取り、彼女に投げた。彼女はそれをすぐに拾い上げ着物の下に隠した。

汽船は岸壁からゆっくりと離れた。最後に聞こえた言葉は「横浜に戻ってきてくれませんか?」、まだ桟橋の一番遠いところに立って、私に手を振っているのが見えた。

私の心はしばしばあの美しい太陽の国にさまよって、彼女のことを考えていた。彼女はどこにいて、何をしているのだろうか・・・・・。

表紙

2022年8月23日火曜日

自転車関係資料-172

 自転車関係資料-172

これらの本はどれもアンドリュー・リッチー氏の著作である。

彼は、惜しくも昨年(2021年)の8 月 12 日に逝去。

アンドリュー・リッチー氏は、熱心なサイクリストであり、そして自転車歴史家でもあった。

私は彼の本のうち、特に「キング・オブ・ザ・ロード」が好きで、この本の豊富な図版を何度も眺めた。現在も2冊所蔵している。

彼は、1970 年代初頭にアメリカに渡った英国人で、そして実際にアメリカ大陸をサイクリングしている。

大学時代はケンブリッジ大学で過ごし、40 年後にはグラスゴーのストラスクライド大学でスポーツ史の博士号を取得した。

アメリカに来てからは、バークレーに居住し、その数年後に、この「キング・オブ・ザ・ロード」書き上げ、重要なサイクリングの歴史書の著者として名声を得た。

その後、アフリカ系アメリカ人サイクリストであるメジャー テイラーを再発見し、テイラーの一人娘であるシドニー(Sydney Taylor Brown)に取材して「メジャー・ テイラー」と題する本を出版。

2011 年には「 スピードへの探求」初期の自転車レースの歴史、1868 年から 1903 年を出版した。

King of the Road (An Illustrated History of Cycling)
by Andrew Ritchie
January 1, 1975
及び
Major Taylor: "The Fastest Bicycle Rider in the World" 
This Edition First Published 1988

Major Taylor
"The Fastest Bicycle Rider in the World" 
September 15, 2017

Quest For Speed:
 A History of Early Bicycle Racing 1868-1903 
September 15, 2011

Early Bicycles and the Quest for Speed
A History, 1868-1903 
February 9, 2018

2022年8月22日月曜日

二つの写真

 二つの写真

前回に紹介したガラス乾板の写真で、この場所と同じ写真があることが分かった。
今までもこの二つの写真を見ていたがまったく気が付かなかった。
よく見ると同じ店で撮影されたもので、同じ人物の顔も見える。
上の写真では半分以上自転車が写っていて、この店の店主と思われる男性が右手で自転車のトップチューブを握りささえている。長半纏の襟には微かに「中辻事業部」と書いてあるように見える。

この写真の撮影年は自転車とアセチレンランプ等から判断して大正初期と思われる。

雑貨屋とアセチレンランプ付自転車
人物は4人(子供1人)

同上
人物は6人(うち子供3人)

2022年8月21日日曜日

自転車関係資料-171

 自転車関係資料-171

この本は「ベロシペードの一般的な歴史」ルイ・ボードリー・ド・ソーニエ 著

1891年発行

Histoire Générale de la Vélocipédie

Louis Baudry de Saunier 1891

(150点ほどの図画があり、眺めるだけでも楽しい本である)

表紙

表題

女性専用車
レディース・ホビー
1819年
(自輪車の原画と思われる)

下の図
ヌヴェール(Nevers)のマーティン氏の一輪車
70頁
註、前後に補助輪付き、以前に見たリンゲのベロシペードに似ている

1869年のレース
ベロシペード・イラスト誌より
Le Vélocipède Illustré

下の図
チャレンジ三輪車
210頁
(シンガー三輪車に似ている)

下の図
空中ベロシペード
ラ・ネイチャー誌より
La Nature誌 1873年創刊
258頁

2022年8月20日土曜日

自転車関係資料-170

 自転車関係資料-170

この本は「サイクリングの歴史、100話」 2017年7月11日発行

スーズ ・クレミソン著

A History of Cycling in 100 Objects  July 11, 2017

by Suze Clemitson

表紙

目次

1817 年に発明されたホビーホースは、現代の自転車のビッグバンだ。 ホビーホースにはペダルやブレーキがなく、代わりにライダーが地面を蹴ることによって推進され、足を引きずってマシンを減速させた。

初歩的なペダルを備えたボーンシェイカーは、自転車の進化における過程の一つ。 前輪に取り付けられたクランクとペダルの革新的な追加は、足で地面を蹴って進む初期のホビーホースを改善した.


ペニーファージングは、ボーンシェイカーと安全自転車の間のギャップを埋めた。 これは、1932 年にロンドンのハーンヒル競輪場で開催されたペニー ファージング レース。

2022年8月19日金曜日

自転車関係資料-169

 自転車関係資料-169

この本は「ヴェロシペード、その構造、その不可欠な付属品: 1 時間でそれを習得する方法」

A.ファーブル著 1868年発行

Le Vélocipède, sa structure, ses accessoires indisessentialables, le moyen d'apprendre à s'en servir en une heure, par A. Favre, 

Date de l'édition originale: 1868

表紙

表題


序文(以下一部抄訳)
1868 年 1 月にヴェロシペードに関する小冊子を書いたとき、私を狂人だと思っている人たちがいた。そのようなばかげた乗り物に対する彼らの深い軽蔑を証明するいくつかの文章を、私に送り付けてきて満足していた。

したがって、私はそれを書いて、世論が判断するようにした。 その結果、私の期待を上回ったと言える。熟考して判断する人の数が、信じられないほど少なくないことも観察することができた。・・・・



ヴェロシペード
この乗り物の名前は、その目的を非常によくあらわしており、足を使って素早く移動できることにある。 一般に木製の馬と呼ばれる古いヴェロシペードは、幹線道路を移動するために使用され、蒸気機関があまり利用されなかった時代に、迅速かつ安価にフランスでのツアーに活用された・・・・

裏表紙


第 2 版、近日発売予定:
「フランス人とヴェロシペードの進出」、恵みの年のトスカーナ州、1868年発行 価格:1フラン。
「州と心の情景」、ポートレート版 価格:1フラン。