2024年7月6日土曜日

銀輪部隊関連 - 4

 銀輪部隊関連 - 4

「マレー血戰 カメラ戰記」朝日新聞特派員 影山匡勇 昭和18年1月18日發行

ペダルを踏んて進撃を急ぐ勇士の胸には、戦友の英霊が跨ってゐた

註、このカメラ戦記の写真を何回かに分けて紹介する。


写真54
勇士を胸に
国会図書館所蔵資料
以下同じ

表紙

奥付


2024年7月5日金曜日

健康と楽しみサイクリング

 健康と楽しみサイクリング

「健康と楽しみのためのサイクリング」ルーサー H. ポーター著

ドッド、ミード アンド カンパニー 1895年発行

アメリカ ホイールマン連盟元代表

CYCLING FOR HEALTH AND PLEASURE

An Indispensable Guide to the Successful Use of the Wheel

BY LUTHER H. PORTER

目次

I. 健康のためのサイクリング

II. 学習

III. ライディングとツーリング

IV.事故とその予防

V. 正しいペダリング、

VI. 速度とギア、

VII. トレーニング、

VIII. サイクリング コスチューム、

IX. 実用的なポイント、

付録、

序文。

サイクリングの健康、楽しみ、利点、実践に関する本書は、著者が同じ主題について以前に書いたものを主に1890年に出版した同名の書籍に基づいている。しかし、他の著作が執筆されてから行われた変更は非常に大きく、時代遅れの部分を削除し、新しく重要な部分を多く追加するために、単なる改訂ではなく、完全な書き直しが必要だった。タイトルについては、本書の本質を「健康と楽しみのためのサイクリング」ほど十分に簡潔に表現したものはない。

著者とサイクリングとの関わりは、その少し前に流行した木製の二輪自転車から始まり、それらの古い乗り物を所有していた。1876年、最初の現代的なダルマ自転車が百年祭博覧会で展示され、その後3、4年の間にこの国でも数台が使用されるようになった。1880年に私は1台を購入し、安全装置が導入されるまで、この自転車や他の自転車に乗り、新しいタイプが登場するたびに試した。それは、楽しみのためだけでなく、健康を維持する唯一の手段であることがわかったため、常に自転車に乗っている。乗馬を含む他のあらゆる運動を試したが、効果はなかった。・・・

サイクリングはあらゆる運動の中で最も爽快であり、最も有益であると信じずにはいられない。

表紙
日本自転車史研究会所蔵資料

表題

目次

序文


24、25頁

初心者のサポート
自転車は、ハンドルでバランスをとることで直立した状態を維持する。

38、39頁

ペダルを踏み、ドレスが均等に垂れるように調整してから、右ペダルに体重をかけてサドルに跨る。

2024年7月4日木曜日

銀輪部隊関連 - 3

 銀輪部隊関連 - 3

「写真週報」第207号 昭和17年2月11日発行

バタアン半島 ますます圧迫

撮影 日本映畫社

フィリピンの首都マニラにヴァルガス氏を行政長官とした新生比島の中央行政機關を樹立した皇軍は、一方バタアン半島(Bataan Peninsula)及びコレヒドール島要塞に餘喘を保つてゐる敵に向つて斷乎たる攻撃を續けてゐる

去る一月二十六日バタアン半島東海岸の要衝バランガを占據したわが軍は、引續きナチブ山麓の敵抵抗陣地に強引な進撃を續け、敗走する敵を半島の南部に壓迫し、刻々包圍鐵環をせばめてゐるが、執拗な敵の抵抗ぶりも日に日に弱化し、追ひつめられた敵が窮鼠かへって猫を噛むだけの氣力はもはやとてもない。わがバタアン半島の 完全制壓は近い


11頁
自転車を担ぎ、全身泥にまみれつつ渡河する
わが銀輪部隊
国会図書館所蔵資料
以下同じ

表紙

奥付

ツール・ド・フランス 2024

 ツール・ド・フランス 2024 

第5ステージは、ベテランのカヴェンディッシュが優勝

第5ステージの結果
2024年7月3日
ベテランのカヴェンディッシュが優勝
公式サイトより
以下同じ

ゴール前

カヴェンディッシュ 35勝目

2024年7月3日水曜日

銀輪部隊関連 - 2

 銀輪部隊関連 - 2

「写真週報」第265号 1943年3月31日発行

中学校はどう生まれ変わる

マライの銀輪部隊につづく若い学徒の国防機甲訓練


6頁
国会図書館所蔵資料
以下同じ

表紙

2024年7月2日火曜日

ハンバー「ビーストン」

 ハンバー「ビーストン」

これも憧れのクラブモデル。1948年

HUMBER "BEESTON" CLUBMAN ラレー社製


HUMBER "BEESTON" CLUBMAN


ハンバー「ビーストン」クラブマン

ハンバーの品質に対する評判と同義である細部にわたる完璧さを備えた、高度なデザインと熟練の職人技の傑作。この新しいハンバー スポーツ マシンに対する賞賛は、いくら高くても足らない。実際に見て判断を。

ハンバー モデル 325 の仕様

フレーム、22インチ. 71度  ヘッド及びシート角度。

「531」チューブ。ろう付けされたマッドガード及びポンプ フィッティング。

ホイール - 26 インチ高圧。スポーク。ステンレス スチール

タイヤ - ダンロップ高圧。

ギア。66.4 インチ フリー。 74.7インチ 固定。

チェーンホイール - 3 ピン取り外し可能。46T。フランジ付きレーシングタイプ。

クランク - 61溝付き。

ペダル - レーシングタイプ。

RALEIGH INDUSTRIES の製品

ハンドルバー 特別設計。15 センター x 51 ドロップ。調整可能なステム、2インチ 前方延長、ヘッド クリップ固定、特殊ゴム グリップ。

ブレーキ - フロント及びリア キャリパー。

マッドガード - 取り外し可能なホワイト セルロイド、マッドフラップとスピアポイント延長付き。

サドル - Brooks B.17N 最高級バット レザー、最高品質。

仕上げ スプレーボンデライズされた防錆表面のメタリック ブルー、魅力的な転写。すべての通常の部品はクローム メッキ。

フィッティング。ツール、最高品質のキットバッグ、インフレーター、リフレクター、ヘッドと左側フォークブレードのランプブラケット。

Sturmey-Arches 3 速または 4 速ギア。


Humber Beeston Catalogue 1948 Model 325 

2024年7月1日月曜日

銀輪部隊

 銀輪部隊

「Gun 銃・射撃・狩猟」第14巻 第11号 1975年(昭和50年)11月1日発行

この号の79頁に銀輪部隊の記事あり、


表紙
日本自転車史研究会所蔵資料
以下同じ

78頁
左下写真
マレー戦線でゴム林の中を走る自転車小隊

79頁
右上の写真は
マレー戦線でクアラルンプールの町に突入した自転車部隊

80頁

81頁

82頁

83頁

84頁


第28回 銀輪部隊(自転車部隊の仕組み) 寺田親雄
「日本軍は開戦前に、マレーの各地に秘密に自転車の貯蔵庫さえも準備するような周到な侵略準備をした」―チャーチル回顧録
はじめに
日本陸軍には正式に自転車部隊と呼ばれた部隊は存在していない。大東亜戦の初めにマレー半島を疾駆した自転車歩兵の集団を当時新聞では「銀輪部隊」とかき立てたが、これは南方の強烈な陽射しに車輪を銀色に輝かせながら走りかつ戦う日本軍には珍しいカッコいい情景を文学的に表現した俗称でこれも制式名ではない。

自転車の隊列が前線を走り回る近代的とも前近代的ともいえるシーンはすでに大東亜戦前の第2次欧州戦争の初期の段階でポーランドやベルギーに突入するナチス・ ドイツ軍の写真に多くみられたが、これも機動装甲化の完備する前の便宜的な使用法でドイツ軍に自転車部隊の正式名があったとは寡聞にして知り得ない。

明治の終りから大正にかけて自動車の発達につれては欧州先進各国の陸軍はめざましい勢いで機動化 ー モータリゼーション ーし、戦車の出現と共に装甲を加えて機甲化されていった。

わが陸軍も当然のことながら世界の大勢に遅れてなるものかとはじめ大阪造兵廠で軍用自動車の試作開発を始め、東京ガス電気など民間の会社で開発を続け、次々と新型の偵察用乗用車や自動貨車と称するトラックを軍に供給し始めた。
だが悲しいことに当時の日本の国力は(あるいは終戦時まで)先進各国の実力にはるかにおくれ、技術のおくれは車の性能の質的な弱さで現われ資源と生産性の低さは、遂に終戦まで全般的な機動化を行ない得なかった量的劣勢として現われた。そこで考えられたのが国力相応 に、当時日本の市民レベルで十分に普及していた乗り物自転車の活用であった。
自転車はその出現とともに戦地では馬代わりに利用され、伝令や連絡兵がこまめに使いこなした。支那事変中、中国大陸でも部隊ごとの自転車装備は現われなかったが黄塵泥濘の土地では自動車よりもはるかに重宝に使われていた。・・・