2023年4月5日水曜日

スティーブンス横浜に到着(最終回)

 スティーブンス横浜に到着(最終回)

小田原を出発したスティーブンスは自転車世界一周旅行の最終目的地である横浜に到着する。
1884年4月22日にカリフォルニア州サンフランシスコを例のダルマ自転車でスタートした彼は、1886年12月17日にようやく最終の目的地である横浜に到着したのである。実に2年半以上の歳月を要している。
この後、彼は船で太平洋を渡り、出発地であるサンフランシスコに無事に戻っている。

東海道・戸塚の風景
日下部金兵衛 撮影 明治期
長崎大学付属図書館所蔵


(「AROUND THE WORLD ON A BICYCLE」1889年版の小田原から横浜までの記事を一部抄訳)

沿道の至るところに、日本の奇妙で興味深い生活があふれている。
湯本から30 マイル、戸塚は私に快適な宿屋を提供してくれた。そこでは、人々が外国人の要望についてすぐに答えてくれる。
しかし、不満としては法外な値段のビフテキと玉葱の料理だった。

戸塚は横浜条約の範囲内のエリアである。
横浜に向かって1マイルほどで、「白馬酒場」を通り過ぎる。この店は東京から来る外国人のためのロードハウスのようなもので、店構えはヨーロピアンスタイルである。
南から吹く激しい風が、戸塚から横浜までの東海道最後の11マイルを困難なものにした。
確かに岡部での暴風雨以来、風は全体的に良好であったが、今朝はかなり吹いている。
この風はカンザス州のホイールメンを思い出す。彼はコートテールをそよ風に広げ、ローレンスからカンザスシティまで3時間で移動したと云っていた。 残念ながら、私は帆に利用できるようなコートを着ていなかった。
神奈川で、ドイツを離れて以来の野戦砲の砲台を見る。
この地点で横浜への道は東海道から分岐する。私が古い首都から新しい首都までのほとんどを旅してきた偉大な帝国の街道は、さらに17マイル先の東京まで続いている。
東京~横浜間の鉄道が完成して以来、東海道を下る旅人は神奈川まで電車で行くのが普通となり、現在の人力車の旅は神奈川から始まる。神奈川は実質的に横浜の郊外にある。
横浜堤防にあるクラブ・ホテルの時計は英国人が所有しており、ちょうど 10時の時報を告げていた。 

この自転車世界一周旅行は、1884年4月22日にカリフォルニア州サンフランシスコで始まり、1886年12月17日に横浜で終わる。
この横浜港からは太平洋郵便船の北京丸に乗り込み、17日間の航海の末にサンフランシスコに到着した。

サンフランシスコ自転車クラブ、ベイシティ・ホイールマン、そして全米の様々なクラブから熱烈な歓迎を受けた。この模様は当時のデイリープレスの記事にも載っている。

この長い旅の歴史的な記録が今後も反響を呼ぶことを願っている。
この冒険はゴールデン ゲートで始まり、ゴールデン ゲートで終わった。