この上の絵は、明治31年発行の「人情世界」(第26号)に掲載されたものです。ダルマ自転車に少年が乗っている図柄です。
明治31年といえば既にダルマ型自転車は旧式で、この時期、巷であまり見かけなくなってきた種類です。
ダルマ型自転車は明治19年のスティーブンスの来日で評判になり、その後、数年で爆発的に流行しました。一部の富裕層は、アメリカ製の舶来車に乗り、その他の物好きな庶民は、鍛冶屋や車屋が製造した国産の貸し自転車を利用し、楽しみました。ところが、10年も経たないうちに安全型自転車が輸入されるようになると、徐々にダルマ型自転車は巷から消えていきました。
雑誌「人情世界」は、明治29年から発行され、その後、人気のある娯楽雑誌になりました。この雑誌の影響を受け、当時たくさんの類似誌も出版されました。