2026年7月3日金曜日

ヴィクター号関連

 ヴィクター号関連

下の資料は、1889年5月3日に発行されたアメリカの雑誌『The Bicycling World & Bulletin』の表紙。中央に描かれているのは、オーバマン・ホイール・カンパニー(Overman Wheel Co.)が製造した「ヴィクター・セーフティ」自転車。このモデルは、当時革新的だった独自のスプリングフォークを備えているのが特徴。

『The Bicycling World & Bulletin』誌は1878年の創刊。

1889年5月3日号の表紙

ヴィクター・セーフティは、市場で唯一効率的なスプリングフォークを搭載している。アメリカ製の唯一の「ダイヤモンドフレーム」セーフティである。

オーバーマンホイール社、ボストン


2026年7月2日木曜日

水上自轉車

 水上自轉車

「輪界」第11号 輪界雑誌社 1909年(明治42年)7月25日発行

名家の論説

水上自転車 発明談

「石山式水上航行器」の発明者である、埼玉県熊谷町48番地の平民・石山善太郎氏が、このたび当局の特許を取得した「水上自転車」について語った内容は以下の通り。

▲石山氏の経歴

石山氏は今年26歳になる青年で、熊谷町に生まれた。幼少期は熊谷小学校に学び、明治32年に熊谷中学校へ進学。同校を卒業した後は、主に商業で身を立てようと考えて上京し、早稲田大学商科で学ぶ。しかし、途中でやむを得ない事情があり郷里に戻って引きこもっていた。

一方、彼の厳格な父・新蔵氏は幼い頃から発明を好んでおり、家事一切を妻や家族に任せて、もっぱら様々な発明に心を砕いていた。これまでにも成功させた発明は少なくなかったと云う。新蔵氏は明治1718年頃から「水上航行器」を発明しようと心掛け、色々と苦心していた。しかし、不幸にも最新の科学的素養がなかったため、この発明(理論化や地盤固め)を息子の善太郎氏に依頼した。

ところが、善太郎氏も中学校こそ卒業しているものの、工芸や科学に関する専門的な素養はなかったため、それ以来、独学でこれらの研究に従事した。専念し苦心した結果、ようやく一昨年の末になって、おおむね理論に合致する考案がまとまったため、再びこれを持って上京した。

▲実験の困難

石山氏はこの発明を友人たちにも固く秘密にし、「成功した暁に発表しよう」と考えていた。というのも、この実験は非常に難しく、もし世間に気づかれるようなことがあれば、せっかくの苦心が他人に横取りされてしまう恐れがあったからである。

また、自分自身は製図などに熟練していなかったため、やむを得ず一人の友人に頼んで図面を引いてもらう。そして、芝浦製作所の理事である石川角造氏が経営する「芝区三田四国町 特許模型製作所」を訪れ、石川氏に事情を打ち明けて模型の製作を依頼した。

しかし、どのような事情があったのか、石川氏は依頼を引き受けてから半年が過ぎても製作を完成させなかった。そのため、前年(明治40年)の夏に特許を取得しようと楽しみにしていた計画も水の泡となり、石山氏は焦りと不安から何度も催促を行う。そうしてようやく、昨年(明治41年)10月頃に、不完全ながらもなんとか製作が完了した。

▲実験の結果

芝浦製作所で製造されたその機器を使って品川湾で実験を行った。その結果、製作所での作りが雑だったために23の欠点はあったものの、理論上においては完全に成功を収めることができた。そのため、すぐに特許局へ申請して特許を求めたところ、幸いにも特許を取得することができた。

▲価格と製造

石山氏は熊谷町に自身の製造工場を持っているわけではないため、この水上自転車をすぐに製造・販売することは難しい。氏は現在、別の一生懸命な大発明に心を砕いている最中でもあるため、この水上自転車の特許権を(他社へ)譲渡したいという考えを持っていた。なお、製造費については、全部を鋼鉄製にした場合、130円から180円程度で製作できる見込みだという。

 註、石山式水上航行器(石山式水上自転車)は、明治末期(明治41〜42年頃)に埼玉県熊谷町の発明家・石山善太郎が考案した水上自転車型の航行器具で、特許申請まで行われたものの、構造が複雑で実用化には至らなかった。現存図面は未確認で、一次史料は雑誌『輪界』(明治42年7月25日発行)の記事が現在のところ唯一の詳細な情報源である。

  

6頁
「輪界」第11号 輪界雑誌社 1909年7月発行
国会図書館所蔵資料
以下同じ

「工業雑誌」 30(413)
工業雑誌社 1909年発行

「水産界」 36(419)大日本水産会
1917年発行

2026年7月1日水曜日

ザックス

 ザックス

ザックスのイージーバイキング
新たな成功
95年製品カタログ
EASY BIKING BY SACHS
SACHS
NEW SUCCESS
'95 Product Line Catalog

註、SACHS(ザックス)は、1890年代に自転車用ハブメーカーとして誕生し、Torpedo 自由輪ハブで世界的成功を収めたドイツの名門ブランド。
自転車用ハブメーカーとしての創業(1895)、 創業者:エルンスト・ザックス(Ernst Sachs)  、 共同創業者:カール・フィヒテル(Karl Fichtel)  
 会社名:Fichtel & Sachs  
 創業地:ドイツ・シュヴァインフルト  

表紙

裏表紙



26頁
ザックス 内蔵マルチスピードハブ
トルペード3速。どこまでも走り続けます。
定評のあるトルペード3速は、優れた信頼性、お求めやすい価格、そして多彩なギア比(73、1:1、1.36)を提供し続けています。トルペード3速は、コースターブレーキ、ドラムブレーキ、ブレーキなしバージョンをご用意しています。
ペンタスポーツ。あらゆる走行条件に対応する5速。
ペンタスポーツは、レクリエーションを楽しむサイクリストに最適な選択肢です。シングルコントロールシフターと幅広いギアレンジ(67、78、1:1、1.28、1.50)により、便利で使いやすくなっています。クリックボックスシステムは、完璧なギア調整と正確なギアチェンジのために工場出荷時に設定されています。ペンタスポーツは、コースターブレーキ、ドラムブレーキ、またはブレーキなしバージョンをご用意しています

38頁

40頁

42頁

2026年6月30日火曜日

イングリッシュ・イラストレイテッド・マガジン

 イングリッシュ・イラストレイテッド・マガジン
第17巻
1897年4月~9月
ロンドン
イラストレイテッド・ロンドン・ニュース社
ストランド通り198番地、W.C
1897

THE ENGLISH ILLUSTRATED MAGAZINE
VOLUME XVII
APRIL TO SEPTEMBER 1897
London
THE ILLUSTRATED LONDON NEWS, LIMITED
198, STRAND, W.C.
1897

サイクリング60年(一部抄訳)

ジョージ・シンガー氏が20年以上前に設立した会社は、当時比較的規模が小さかった自転車業界ですでに評価されていた。実際、「シンガー」の歴史は23年以上に及び、現在に至るまで「同業中の第一人者」という高い地位を享受している。私がシンガー・サイクル・カンパニーの巨大な工場を何度か訪れた際、各部門の完璧さに感銘を受けた。・・・

現在では普遍的な接線スポークシステムは、ヘインズ&ジェフリーズ社によって「アリエル」に採用された。同社が1876年に初めて発表したコベントリー三輪車は、「コベントリー・ロータリー」の先駆けであり、ウェールズ公妃が愛用したタイプの自転車だった。1896年初頭には、この美しい「三輪車」の1台が公妃のために特別に製作された。興味深いことに、「オーディナリー」が登場して間もなく、コルティス博士はロンドン製の「インヴィンシブル」と呼ばれる自転車で、1時間で20マイルを走破した。速度が上がり始め、簡単に乗れる自転車が広く求められるようになると、メーカーは「安全性」に注目するようになった。


510頁
シンガー社(コベントリー)の旋削・機械加工部門

511頁
シンガー社の組立場

表題

2026年6月29日月曜日

千里行車と陸奔舟車の駆動方式

 千里行車と陸奔舟車の駆動方式

(註、一部画像を修正)

 正田門弥の千里行車と平石久平次時光の陸奔舟車の駆動方式について一考察

まず門弥の千里行車であるが、この人力自走車の概要は、

一、名称は、千里行車(一般的には舟車或いは陸舩車)、欧米風に云えば「門弥のヴェロシペード」。

一、製作者は、武州兒玉郡若泉庄北堀村の正田門彌(61歳)。

一、製作年代は、1729年(享保14年)。

一、製作期間、56年。

一、形状は桐材を使用した木製のボート型で4輪車。一人乗り。本体のサイズは長さ2.8mで、高さは50㎝程、梶棒の高さまでは90㎝)、車体の色は墨色。

一、駆動方式は足踏み式(戻りバネ付きラチェット方式)で箱の中の歯車を回し、車輪を回転させる前輪駆動である。後輪は操舵輪。

一、方向転換は車体の下部左右に梶取紐があり、後輪車軸が少し前後に動く。後輪は遊び車であり、車軸は回転しない。(左右の梶棒から紐で後輪車軸に繋がつている)

概念図は以下に

  

月堂見聞集にある図 国会図書館所蔵資料

世説海談の図 国立公文書館所蔵資料


平石久平次時光の陸奔舟車

次に久平次の陸奔舟車の駆動方式

下に概念図を作成。

絵心があればもっと正確に描けるのだが。

概念図

 

 

 

彦根図書館所蔵資料の図

この陸奔舟車は四輪車で前輪がステアリングホイール、後輪が駆動輪で直接地面に接していた。左右の車輪は「遊行車」と云われ、いわゆる遊び車でバランスをとる役割であった。要するに子供用自転車につける補助輪の役目と同じである。

この後輪を直接の駆動輪とすれば根本的に、より自転車に近い構造となる。

 

上にある平石久平次時光の図をよく見ると、梶棒の後ろにある「奔車」が「遊行車」よりも大きい。それに「奔車」と云う言葉の意味も、駆動輪をさしている。

「遊行車」は補助輪である。

この左右の「遊行車」を外せば二輪車であり、ミショー型の後輪駆動方式と云える。

伝動効率から云っても直接後輪を回した方が、走行性能は増し、軽量化も期待できる。

陸奔舟車の特徴、

一、桐材を使用した人力自走車

二、四輪車

三、奔車が駆動輪

四、遊行車は補助輪

五、名前は「陸舟奔車」ではなく「陸奔舟車」

六、享保17年(1732年)に製作

七、製作者 彦根藩士 平石久平次時光

以上

 2023810日 日本自転車史研究会 編


註釈、
修正前の画像
陸奔舟車の駆動方式 概念図
修正後の画像、駆動輪の両サイドにペダルクランク軸の支えとなる垂木を挿入。

サイエンティフィック・アメリカン

 サイエンティフィック・アメリカン

サイエンティフィック・アメリカン増刊号 第947号 1894年2月24日

SCIENTIFIC AMERICAN SUPPLEMENT, No. 947. FEBRUARY 24, 1894.

ヴァレール式自転車
パリで開催される国際自転車博覧会では、非常に珍しいタイプの器械、ヴァレールの自転車が展示される。それまでは、ヴァレールによってこの発明はやや秘密にされていたが、軽率な人々はヴァレールを攻撃し、手足の動きを研究し、何よりもまず合理的な装置、つまり、陶芸における人間の自然な動きに対抗する装置を構築しようと努めた。
古代の運動選手の動きを大まかに分析すると、右足を前方に動かすと、左足と左腕が前方に動くと同時に、右腕はすぐに左足の後ろに動き、逆方向にも動くことがわかる。ヴァレールマシンでは、右足がペダルに荷重をかけ、右腕が右手のレバーを押し、体の方へ、そして逆方向にも動く。この装置の動きは、自然で本能的ですらある。これが、ヴァレール特許を、従来の特許とは異なる重要な点である。特に、その重量は36キログラムで、決して普通の三輪車を構築したものではない。・・・

15130頁

表紙

2026年6月28日日曜日

ヴェロシペードの特許

 ヴェロシペードの特許

米国特許庁
英国ケンブリッジ在住のウィリアム・ジョージ・クロスリー
特許番号75,581、1868年3月17日
陸上および水上用ヴェロシペードの改良
英国ケンブリッジ在住のウィリアム・ジョージ・クロスリーは、新しく有用な改良型「陸上および水上用ヴェロシペード」を発明した。添付図面および図面に付された参照文字を参照しながら、以下にその完全かつ正確な説明を記載する。
図面において、
図1は平面図、
図2は側面図、
図3は装置の側面断面図、

本発明は、陸上と水上の両方に等しく適応するように構成されたヴェロシペードに関するもの。これは、通常の蒸気船と同様に、ボートの形状をした車体と、車体の中央を横切る主軸によって互いに連結されたサイドホイールから構成される。この主軸Aには二重クランクが取り付けられており、ボート底部の踏み板Bと、クランクおよび踏み板に接続されたレバーa、b、cなどによって操作される。これにより、レバーと踏み板の両方によって主軸Aを回転させることができる。踏み板に接続されたクランクロッドは、必要に応じて取り外すことができ、クランクをレバーのみで操作できるようにも構成されている。・・・



明細書