千里行車と陸奔舟車の駆動方式
(註、一部画像を修正)
正田門弥の千里行車と平石久平次時光の陸奔舟車の駆動方式について一考察
まず門弥の千里行車であるが、この人力自走車の概要は、
一、名称は、千里行車(一般的には舟車或いは陸舩車)、欧米風に云えば「門弥のヴェロシペード」。
一、製作者は、武州兒玉郡若泉庄北堀村の正田門彌(61歳)。
一、製作年代は、1729年(享保14年)。
一、製作期間、5~6年。
一、形状は桐材を使用した木製のボート型で4輪車。一人乗り。本体のサイズは長さ2.8mで、高さは50㎝程、梶棒の高さまでは90㎝)、車体の色は墨色。
一、駆動方式は足踏み式(戻りバネ付きラチェット方式)で箱の中の歯車を回し、車輪を回転させる前輪駆動である。後輪は操舵輪。
一、方向転換は車体の下部左右に梶取紐があり、後輪車軸が少し前後に動く。後輪は遊び車であり、車軸は回転しない。(左右の梶棒から紐で後輪車軸に繋がつている)
概念図は以下に
月堂見聞集にある図 国会図書館所蔵資料
世説海談の図 国立公文書館所蔵資料
平石久平次時光の陸奔舟車
次に久平次の陸奔舟車の駆動方式
下に概念図を作成。
絵心があればもっと正確に描けるのだが。
概念図
彦根図書館所蔵資料の図
この陸奔舟車は四輪車で前輪がステアリングホイール、後輪が駆動輪で直接地面に接していた。左右の車輪は「遊行車」と云われ、いわゆる遊び車でバランスをとる役割であった。要するに子供用自転車につける補助輪の役目と同じである。
この後輪を直接の駆動輪とすれば根本的に、より自転車に近い構造となる。
上にある平石久平次時光の図をよく見ると、梶棒の後ろにある「奔車」が「遊行車」よりも大きい。それに「奔車」と云う言葉の意味も、駆動輪をさしている。
「遊行車」は補助輪である。
この左右の「遊行車」を外せば二輪車であり、ミショー型の後輪駆動方式と云える。
伝動効率から云っても直接後輪を回した方が、走行性能は増し、軽量化も期待できる。
陸奔舟車の特徴、
一、桐材を使用した人力自走車
二、四輪車
三、奔車が駆動輪
四、遊行車は補助輪
五、名前は「陸舟奔車」ではなく「陸奔舟車」
六、享保17年(1732年)に製作
七、製作者 彦根藩士 平石久平次時光
以上
2023年8月10日 日本自転車史研究会 編
陸奔舟車の駆動方式 概念図












