2026年11月5日木曜日

フランク・パターソン

 フランク・パターソン

註、フランク・パターソン(Frank Patterson)について

フランク・パターソン(1871年10月12日 - 1952年7月17日)は、サイクリング(自転車競技・自転車旅行)を描いたペン画でよく知られるイングランドの挿絵画家である。19世紀末から20世紀半ばにかけて活躍し、「サイクリングの黄金時代」を作品に残したことで知られている。

パターソンは1871年、船乗りの家系ポーツマスで生まれた。ポーツマス美術学校で学んだ後、一旗揚げようとロンドンへ向かった。当初は画家としての職や評価を得るのに苦労し、一時は軍隊(ロンドン・スコティッシュ連隊)にも従軍していた。

彼の作品の大半は、ギロット303のペン先にガチョウの羽軸を付けたペンで描かれており、本人はこの作業を独特の言い回しで表現していたと云う。空の陰影に淡い青鉛筆を使うなど、独自の技法も見られた。

「Cycling」誌との関わりは1893年に始まり、彼が亡くなるまで続き、6人の編集長のもとで仕事をした。1925年からはサイクリスト・ツーリング・クラブ(CTC)の機関誌「The Gazette」のために、26,000点以上の作品を制作し、締め切りを一度も破らなかったことを誇りにしていた。

他のテンプル・プレス社の雑誌でも仕事をし、ボーア戦争の絵を「The Illustrated London News」に描いたほか、「The Book of the Home」や「The House」の挿絵も手がけた。

パターソンは38歳まで自転車に乗っていたが、脚の怪我をきっかけに徒歩に切り替えた。それ以降は、友人から提供された写真や絵葉書をもとに制作することが多くなった。1898年、パターソン夫妻はウェスト・サセックスのビリングスハースト近郊にあった荒れ果てたエリザベス朝時代の邸宅を年9ペンスで借り、以後54年間そこに住み続けた。家には名前がなかったため、唯一目立つ木にちなんで「ペア・トゥリー・ファーム」と呼んだ。


古い鍛冶屋兼自転車修理店「The Smithy」

この絵は、イギリスの田舎町にあった、昔ながらの鍛冶屋兼自転車修理店を描いたパターソンのペン画。建物の看板や自転車、馬の蹄の手入れをする職人の姿から、かつてのイギリスにおける地域の修理工房の様子がうかがえる。
「鍛冶屋――ハンプシャー州ポーチェスター。私たちの多くが若いころにお世話になった修理店。今まさに取り壊されようとしている。1935年。」

2026年11月4日水曜日

『ザ・バイシクル(The Bicycle)』誌

『ザ・バイシクル(The Bicycle)』誌

雑誌『ザ・バイシクル』(英国、1936年〜1955年発行)

創刊号は1936年2月25日付けである。『ザ・バイシクル』の表紙は、当時競合していた週刊誌『サイクリング(Cycling)』と非常によく似ていたが、その中身はより型にはまらず、開放的なアプローチをとっていた。19世紀に創刊された『サイクリング』誌に比べると、古くからの慣習に縛られておらず、全体的により「現代的」であったため、成功してもおかしくはなかったが、1955年にライバル誌に吸収される形で姿を消した。


1955年3月23日号の付録(図版集)

2026年11月3日火曜日

ヴィクター号関連

 ヴィクター号関連

下の写真は、1880年代のサイクリストたちを捉えたもの。
当時の自転車文化や技術、社会背景を示すいくつかの特徴が見て取れる。
自転車はどれも、現代の自転車の原型となった「セーフティ・バイシクル(安全型自転車)」である。 同径の前後輪、それ以前に流行していた前輪が巨大な「ペニー・ファージング(オーディナリー型)」とは異なり、前後輪の大きさがほぼ同じで、転倒のリスクが低く安全なためこのように呼ばれた。
男性たちの服装は、当時の自転車がどのような位置づけだったかを物語っている。
全員がジャケットや三つ揃えのスーツ、ネクタイを着用して、ボウラーハット(山高帽)やフラットキャップ(ハンチング帽)をかぶっている。
男性たちは自慢の愛車を誇るように横一列に並び、ハンドルバーを支えてポーズをとっている。当時のサイクリングクラブの集まりや、休日のサイクリング記念に撮影されたものと推測される。

中央の2台は明らかにヴィクター号である

2026年11月2日月曜日

三輪馬そり

 三輪馬そり 

19世紀後半のアンティーク・オリジナル・リトグラフポスター(三輪馬そり)

1894年に描かれた「馬型三輪そり(A Tricycle - Horse - Sleigh)」と呼ばれる概念的な、あるいは風刺的なイラスト。
馬の胴体(または人工の馬のボディ)に自転車や三輪車の機構が組み合わされており、馬の足の代わりにスキー板のようなソリのランナーと、突起のついた駆動輪が取り付けられている。
サドルやペダル、チェーン、ハンドル(クランク)のような機械部品が馬の体に不自然な形で備わっており、人間が乗って動かす仕組みであることが表現されている。
19世紀末(産業革命期)は、機械化や新しい交通手段(自転車や自動車の初期段階)のアイデアが次々と生まれた時代であり、このような奇抜でユーモラスなイラストや風刺画が雑誌などに多く掲載された。

三輪馬そり - 1894年

2026年11月1日日曜日

C.T.C. ガゼット -17-2

  C.T.C. ガゼット -17-2

第17巻 第2号
1898年2月

サイクリスト・ツーリング・クラブ公式機関誌
編集:E・R・シップトン(秘書)
毎月1日、ロンドン南西、ウェストミンスター、ビクトリア通り47番地の本部にて発行
第2号 1898年2月17日

ビーストン・ハンバーの広告
(ダンロップタイヤ装着)
かつては、他のすべての自転車を評価する基準とされていました。デザインと外観の疑いのない優位性、そして何よりも丁寧で卓越した職人技により、今もなお同じ誇り高い地位を占めています。
ハンバー&カンパニー・リミテッド
ロンドン、ホルボーン高架橋32番地
工場:ビーストン(ノッティンガムシャー)、ウルヴァーハンプトン、コベントリー

表紙

2026年10月31日土曜日

ロンドン自転車クラブ会報 - 25

 ロンドン自転車クラブ会報 - 25


第1巻 第25号
A. O. ウォード & J. S. ストークス 編集
1878年9月12日 木曜日

お知らせ
C. R. ハッチングス氏が、当クラブの書記役を辞任されることとなりました。誠に残念でなりません。これまで同氏が忍耐強く、熱意を持って尽力してくださったことに対し、会員一同を代表して心より感謝の意を表します。つい先日も、同氏が「バイシクリング・ユニオン(自転車連合)」、ひいては自転車界全般の発展のために注ぎ込んだ活力と専門的な手腕について触れたばかりですが、当時の活動を間近で目にした者であれば、困難な局面において同氏がいかに巧みな対応を見せたか、そしてどれほど有能かつ謙虚に職務を全うしたかを、正当に評価できるはずです。同氏はもはやロンドンには居住されておりませんが、彼が多大な貢献をしてきた当クラブに、今後も会員として留まってくださることを切に願っております。

表紙

2026年10月30日金曜日

ヴィクター号関連

 ヴィクター号関連

下の写真は、当時の写真スタジオで撮影された人物とヴィクター号である。

Victor Bicycle(ヴィクター自転車)は、19世紀末アメリカを代表する高級自転車ブランドの一つで、マサチューセッツ州チコピー・フォールズの Overman Wheel Company が製造していた。1880年代から1890年代にかけてのアメリカ自転車黄金時代を象徴するブランドである。

創業者:Albert H. Overman
所在地:マサチューセッツ州 Chicopee Falls
活動期間:1880年代から1900年頃
主力ブランド:Victor(男性向け・一般モデル)

ヴィクター号