2026年2月27日金曜日

自轉車瓦版 第88号

 自轉車瓦版 第88号

昭和60年11月13日発行

★アンティーク自転車の斡旋(外国製)。

①ハーレー・ダビドソン 1920年 、オートバイで有名なハーレー社の自転車。ただしタイヤ欠損、 2.650ドル。
② シュイン1950年(男性用 ) 2.275ドル。
⓷シュイン1950年(女性用)  1.675ドル。
④シルバー・キング1936年 アルミニューム・フレーム  1750ドル。
⑤ ロイヤル・スウィング・マシン社 1883年 前輪50インチ、オーディナリー、 タイヤを除きすべてオリジナル、 価格応談、問い合わせ先、 (株)八神商会 (自転車の価格には、送料・手数料・その他の費用は含まれていない。)

★瓦版86号に鉄砲鍛治についての記事があったが、堺の鉄砲研究合の会長・澤田氏とは懇意であり、自転車との関係については色々と異論を出し合っている仲である。ネジについても鉄砲 からという説もあるが、私はやはり自転車関係から「始まり」を重視したいと考えている。しかし、日本の自転車の発展も製銃技術をぬきには語れない。外国でもBSA等以前は製銃会社であった例は多い。世界の自転車で、 外国名→自転車を始める前→自転車製造 →以降の製品といった流れも一つの研究課題と思っている。(大阪・ 高橋 勇氏)

1900年のカタログより

註、The Birmingham Small Arms Company Limited、1861年、バーミンガムのGun Quarterにて創業。

2026年2月26日木曜日

ホイールマン誌

 ホイールマン誌

第1巻 1882年10月~1883年3月

地図、

自転車乗りによる描画

1879年9月11日~12日 2日間の走行記録

この記事の目的は、馬の現代のライバルである自転車を賞賛したり非難したりすることではなく、約40人ほどの二輪車の所有者が、アーティストの言葉を借りれば、どのように楽しんだかを明らかにし、2日間の走行の出来事のいくつかを記録することである。

自転車クラブのメンバーと、役員を持たず「無所属」のアマチュア数名が集まった。9月の朝、彼らは1人か2人ずつすれ違いながら会合場所へと向かった。そこは、現在はボストン市の一部となっている。かつてのロクスベリーにある。広く曲がりくねった大通りの入り口だった。ロクスベリーはこれまでにも多くの自転車を目にしてきたが、これほど多くの自転車を一度に目にしたことはない。服装の多様性、ナップザックやコンパクトな「マルチム・イン・パルボ」バッグといった装備には、何か目新しいものがあり、これからの旅を予感させていた。

ボストン自転車クラブとマサチューセッツ自転車クラブのユニフォームは馴染み深かったが、ウースター自転車クラブの上品なグレーの衣装、ハートフォード家の白いフランネルシャツと明るい色のストッキング、そして「E. Bi. C.」と記された青いポロキャップ、そしてニューヨーク、ワシントン、セーラムの男たちの奇妙な服装は、街へ向かう早朝のビジネスマンたちの目に留まった。・・・


5頁

「ザ・ホイールマン」
サイクリングに関する文学とニュース
イラスト入り雑誌
第1巻
1882年10月~1883年3月

2026年2月25日水曜日

自轉車瓦版 第87号

 自轉車瓦版 第87号

昭和60年11月9日発行

★社団法人 横浜市観光協会から出ている「横浜のたより」というタウン誌の11月号に、次のよう記事が載っていた。『石川孫右衛門は、横浜居留地のチリドル商会で、はじめて自転車に乗った外国人を見て「自転車は汽車につぐ速さで、どんな道でも練習すれば走ることができる機械」と説明され、乗り方を教えてもらいました。彼は、まだ貸自転車をやってるものは誰もいないから、この便利な自転車を時間貸しすればもうかる」と考え、翌日に16台の自転車を注文。元町に輪乗場を作り、指導員に外国人を雇って石川商会を開業したのは、明治10年(1877)でした。仕事に役立てる生糸商人やふるさとへの土産話に借りる奉公人が多く、一年でモト金をかせぐことかできたそうです。』

ところで、この記事については出典が書かれていないので、どの資料から引用したのか分らない。確か『横浜もののはじめ』という本にも同じような文章があったと記憶するが、内容がちょっと違っている。 それは、「輪乗場」とか「指導員に外国人を雇って石川商会を開業」など、どうもなかったような気がするからだ。もう一度『横浜もののはじめ』を探し出して読んでみることにしたい。しかし、『横浜もののはじめ』もかなり内容が根拠不明で出典のないものが多い。一時資料に当たっていないし、古老の話などを採用している可能性もある。

下記の絵は、同記事にあった插絵である。どういう訳か明治30年代の空気入りタイヤの安全型自転車である。 「明治10年と言えば、まだミショー型か三輪車の時代である。ミショー型にしても、根拠資料は希薄であり、錦絵の一部に描かれている程度にすぎない。


不自然な挿絵

しん板車づくし 横浜鉄道図 豊重画 版元
綱島亀吉 明治5年頃
国立歴史民俗博物館所蔵

2026年2月24日火曜日

橋本商会 - 2

 橋本商会 - 2

  以下は明治40年ごろの橋本商会の正価表、

ハンバー會社の二重作用ハンドブレーキは今や非常の成效を以て各地に現はれ最とも完全せりとの賞賛を博せしが、殊に自由輪則ちフリホィルに用いて著しき其有效なるを證せり、此のハンドブレーキに於ける二要點は之を車に適用せし時絶へず後車の中央輪を握り亦取り外づす時通常の車体となるなり、バンドは鞍と脚に附せる飾釘内部螺狀彈力機に依て支持せられ、別に固着せし個所あるにあらずバンドの動作は同時に此の螺狀弾力機を緊壓せしめ足部の壓力は中央前よりバンドを離れしめて再び通常の位地に之を迎へず、バンド高く離れざるため且つ共底部を中央輪に觸れざらしめん爲め之を防ぐ制楔あり常に注意して革ハンドを滑らかならしむるは肝要なることなれども此場合には宜しく黒鉛を使用すべし共機械油を使用するには優れるはハンバー會社の多年試験せし慮なり・・・

3頁

4頁

5頁
ハンバー社インペリアル號
220円

2026年2月23日月曜日

自轉車瓦版 第86号

 自轉車瓦版 第86号

昭和60年10月31日発行

★大阪で久々にダルマ自転車が売られているという広告(60.10.16朝日・夕刊)が載ったので、早速行ったところ、以前紹介した北区のお初天神宮境内で売られていたダルマ自転車であった。次に京都で明治中期?(売手は初期と云っている)30cm角の。 ボロボロの木棉布1枚を入手した。その布地の図柄は4種類の車が描かれており、1つは御所車他は、ダルマ自転車と三輪車のようであった。黒地に白で抜いてあり、着物地か布団地かは分らないが、御所車と重なっているところから判断すると、 高価なものと思われる。それから先般、探求を依頼した“自転車の科学”はカッパブックスではなく、ゴマブックスである。〔大阪、高橋 勇氏)

 ★この度、西ドイツ・ボン大学の日本文化研究所助教授のE・パウアー氏からお便りがあり、鉄砲鍛治と自転車製造との関係をしめす資料はないか、という依頼があった。そこで当研究会の資料の中から宮田及び堺の部品メーカー等の文献コピー約10点を先日航空便で送った。E・パウァー氏は1986年国際社会経済史学会で「日本の伝統技術と産業革命の関係(在来技術の役割)」というテーマで講演を頼まれでいるそうで、その講演の中で自転車と鉄砲製作技術との関係も扱いたいとのことであった。(会員諸兄において、これらに関する資料がありましたら、事務局までご連絡下さい)

★雑誌「Bicycle Club」11月号でアレックス・モールトンを特集している。内容は、モールトン小史といったところで、分りやすく解説されている。

“自転車の科学”
渡辺 茂 著
ゴマブックス 1974年発行

2026年2月22日日曜日

ローバーのリスト

 ローバーのリスト

ABRIDGED ILLUSTRATED LIST.1891.

THE ROVER

要約イラスト付きリスト 1891年 ローバー

ヨークからロンドンまで14時間33分

1890年10月27日、ホイーリングは言う

「ロンドンからヨークの記録を2時間19分も破った。ローバーは今もなお先頭を走っている。」

ディック・ターピンのヨークへの小旅行ほど注目を集めたサイクリングは他にないだろう。それは、今後何世代にもわたって、私たちの乳母がイングランドの子供たちに語る古き良き物語を残すだろう。リトル・ヴィレッジとヨークの間の道ほどジャーナリストの注目を集めた道はない。これほど頻繁に描写された道はない。かわいそうなディック・ターピン、かわいそうなブラック・ベス!あの偉大な老牝馬ブラック・ベスの素晴らしいパフォーマンスを、現在の高速ロードライダーの一人が走った時に、その影に隠れてしまった。ディック・ターピンの走りは決して忘れられないかもしれないが、現代がそうであったように、将来の高速サイクリストによって何度も凌駕されることは間違いないだろう。最近のディック・ターピンは、ホイーリング出身でブリティッシュ・スポーツ誌の編集者であるT・A・エッジだ。彼は、最初に作られた後部運転席の安全装置の先駆けである有名なローバー・セーフティ・バイシクルに乗り、現代的でファッショナブルな当社の自転車は、木曜日の午前6時43分にヨークを出発し、14時間33分でロンドンに到着した。これは、以前の記録を約1時間上回った。

J.K.スターリー株式会社


表紙

裏表紙

2026年2月21日土曜日

自轉車瓦版 第85号

 自轉車瓦版 第85号

昭和60年10月28日発行

★第216回全国自治宝くじ(10月4日抽せん)のポスターを第一勧業銀行横浜支店で先日入した。このポスターの図柄は、ハーパーの一輪車で"夢に向かって、止まれない"という標語が書いてある。駅のホームの掲示板や電車の車内に貼られていたので見た方もあると思う。なかなかよいデザインである。

★自転車の科学: メカから乗りごこちまで (ブルーバックス 503) 服部 四士主 (著)を会員諸兄の中でお持ちの方はご連絡下さい。当方紛失しましたので、ダブり分をお持ちでしたらお譲りください。連絡先:〒542 大阪市南区上本町西一丁目1-10 高橋 勇まで。

★『自転車冒険大百科』四六利,240頁、予価1,000 円という本が11月末、大和書房から出版される。

★『自転車の科学』野添 域著昭和18年発行、元宇館刊を4500円(送料含)でお譲りします。希望者は事務局までご車格下さい。

★会報“自轉車 NO.24.昭和60.11.15発行のミスプリントについて、①P.10左12行目「使っ居ります」→「使って居ります」 ②『裏表紙、表紙の説明の部分で「作者は、国政、国点・」→「作者は、国政、国貞、」に訂正。

★この瓦版は既にお知らせしたとおり、1ヵ月に1回以上定期的に情報等を寄せて下さる会員との連絡用(メモ)に発行しているものです。したがいまして全会員には発送されませんのでご了承下さい。なお、バックナンバーを希望の方はご依頼下さい。1部20円(送料込)でお送り致します。(従来通り情報等の提供者には無料配布しております。)

『自転車の科学』
野添 域 著
昭和18年発行