2026年9月13日日曜日

ホイール・ワールド誌

 ホイール・ワールド誌

第1号、第1巻 1880年5月
THE WHEEL WORLD
No. 1., VOL. 1. MAY, 1880.

ホイールワールド

自転車組合

団結を我々は支持する。

プロとレースをした自転車選手の地位に関する最近の論争を鑑み、オックスフォード大学陸上競技クラブ(OUAAC)とケンブリッジ大学陸上競技クラブ(CUAAC)は以下の宣言に合意しました。

オックスフォード大学陸上競技クラブとケンブリッジ大学陸上競技クラブは、アマチュアとプロの間の公開レースはどのような場合も望ましくないという強い意見を持ちながらも、いかなる賞も提供されないレースでプロと競う可能性のある者をアマチュアとして認めることを拒否しません。しかし、以下のいずれかの行為を行った者はアマチュアとは認めず、両クラブの規則に基づいて行われるすべての競技会への参加を拒否します。

(1)自身が何らかの賞をかけてプロと公開で競ったことがある者

(2)プロと競ったことがある者と何らかの賞をかけて公開で競ったことがある者

この決議は、自転車レースに関しては遡及しない。・・・


23頁

2026年9月12日土曜日

ホイール・ワールド誌

 ホイール・ワールド誌

第1号、第1巻 1880年5月
THE WHEEL WORLD
No. 1., VOL. 1. MAY, 1880.

自転車
トピックス
毎月、この見出しの下に、三輪車に関するニュースや寄稿記事を掲載するスペースを設けます。
昨年設立されたケンジントン三輪車クラブは、現在17名の会員を擁し、そのうち4名は女性です。
女性たちが三輪車に乗って現れると、歩行者の間で数え切れないほどの機知に富んだ言葉や驚きの声が上がりますが、侮辱的な発言は一切ないとのことです。
キリスト教徒は三輪車の乗り手に対して非常に配慮があり、自転車乗りが自身の経験から期待する以上に、十分なスペースを譲ってくれます。
三輪車は荷物運搬において明らかに有利です。先日、二人乗りのオープンカーに乗った若いカップルとすれ違いましたが、座席の後ろにかけられた重そうなバスケットを見て、思わず涎が出そうになりました。・・・

18頁

2026年9月11日金曜日

自轉車長途旅行

 自轉車長途旅行
久保鐵輪

近來自轉車の流行は、日に月に、非常なる勢である。八百八街と、昔より言傳へられたる、武藏野の此大市街、今は中々八百八町どころでない、此競爭大舞臺、至る所ベルの音を聞かざるはなし、此有様で、推行けば、爰十年もたてば、病人老者は、いざ知らず、苟も脛腰の、たつものは、皆斯界の友となり、腕車は變じて、自轉車となるだろう、時は是金なりとは、何人も知る、此タィムとマネーの經濟となり、おまけに、体育と快樂とを兼ねたる此自轉車を措て、彼の寒き日に、五體を包み、暑き日に、毋衣を掛け、自動し得ない、腕車の中に、鼻うごめかして、唯我獨尊を、気取る輩は、餘り感心の出がないことである。希くば自動的に活動してもらいたい。我輸友の常として、其操法の、熟するにつけて、近きは、上野公園、向 島、芝公園、遠きは、大森、川崎、横濱、大宮公園、千葉、鎌倉などなど、段々に遠乗して、我腕前は、如何にと試すが、先十友同一の、遣方であるが、其間の快楽は、中々言語や、筆紙に盡されね程の、ものであろうと思ふ、其度毎に、初は弱かりし體力も、自然遠きに、耐へらるる様になり乘方も次第に、巧者になり、鞍上人なく、鞍下車なし、と云ふ程になる、夫等につれて、高からぬ鼻も、俄造に、高くなり、岩谷天狗の鼻でさへ、迚も、追付どころのさわぎでない、・・・

23頁
自轉車 第36号
明治36年11月28日発行 快進社

2026年9月10日木曜日

これが陸奔舟車の駆動方式

 これが陸奔舟車の駆動方式

下の図の解説とその作図を見ると、正に陸奔舟車の駆動方式が一目瞭然である。

作図と解説はこの自転車に詳しい小池氏である。


今と昔がわかる
道具のうつりかわり図鑑
3-カメラ、船ほか
カルチャー・プロ編
2026年3月 初版第1刷発行
20頁

江戸時代
18世紀初頭、武蔵国(現在の埼玉県)の庄田門弥が「陸船車」(千里行車)という足踏み式の四輪車を発明。これに対抗して、1732年に彦根藩(現在の滋賀県)の蘭学者・平石久平次時光が、ペダルとハンドルの付いた二輪車に補助輪を付けた「陸奔舟車」を発明した。これは、現在の自転車に近い乗り物です。
古文書の図をもとにした陸奔舟車の復元図。ヨーロッパの自転車とは異なる、日本独自の発明です。

バイシクリング・タイムズ誌

 バイシクリング・タイムズ誌

バイシクリング・タイムズ・アンド・ツーリング・ガゼット
自転車関連のイベント、話題、発明、通信、および関連事項に関する独立した週刊誌
第 6 巻 第3号
1879年12月4日(木)

THE BICYCLING TIMES AND TOURING GAZETTE.
An Independent Weekly Record of Bicycling Events, Topics, Inventions, Communications, and Subjects of Collateral Interest.
VOL. VI. No. 3.
THURSDAY, DECEMBER 4, 1879.

社説

最近、「街の害獣」という見出しで当紙に掲載された多数の手紙は、良質な砂利道、アスファルト舗装、または木製舗装に恵まれた地域に出没する、いわゆる「蝶のように走り回るサイクリスト」について再び取り上げる理由となるでしょう。良質な道路がサイクリストにとって大きな魅力であることは十分に認めますし、一日中仕事をしている男性は、特に冬の短い日照時間の間は運動するのが非常に難しいことも認めます。また、夏にどれだけ運動をするかによって、冬に運動ができなくなると体調が悪くなるかどうかも気になるところです。いずれ、精力的な投機家が、電気照明などで十分に照らされた立派なトラックを整備し、冬場には自転車を保管できる部屋も設け、週に1、2回通うことで、筋肉と内臓の両方に必要な運動を楽しむことができるようになるでしょう。そうなれば、広場を猛スピードで走り回るライダーの言い訳はなくなります。それまでの間、私たちは、そう続ける人々に、注意が必要であることを強く訴えたいと思います。そのようなライダーは、道路の状態が良い場所にしか行きませんが、自転車乗りが良い道路に出ると、町で安全に走行できる速度をはるかに超える速度に達することがわかっています。・・・


表紙

広告
第6巻 第4号
1879年12月11日(木)

トーマス・スミス・アンド・サンズ
自転車用金具の特許取得者およびオリジナルメーカー
ランプシート

明治初期のヴェロシペード

 明治初期のヴェロシペード

下の画像は明治初期のヴェロシペードと思われるが、正確な年代は分からない。或いは乗車している人物の頭髪や服装などから判断して明治中期だろうか。キャプションにも明治中頃とあるから明治15年から20年ごろかもしれない。ただし三輪車の形状としては1860年代のヴェロシペードを彷彿させる。

このヴェロシペードは欧州から輸入されたか、あるいはそれを日本の職人が見よう見まねで模造した足踏みの後輪駆動式三輪車であり、前方はやや小さな操舵車輪が1つ、後方に大きな駆動車輪が2つ配置されている。後輪が大きく座席を包み込むような独特の形状でメテオ型やラントーン型、或いは「提督の物語」に登場する三輪車にも似ている。

乗っている男性は、和服を纏い、マゲを結っているか明治初期の髪型をしている。文明開化の象徴である「西洋の新しい乗り物」と「伝統的な日本の格好」が融合した、この時代ならではの象徴的な光景である。

当時は「湿板(しっぱん)写真」と呼ばれる技術が主流で、撮影には数秒間完全に静止している必要があり、この三輪車が偶然通りかかったわけではなく、「新奇な乗り物に乗っている姿を記録する」という明確な目的を持って、カメラの前で静止してポーズを取っていたと考えられる。

キャプションに「東海道柏原の松並木と富士」(明治の中頃)とあるが、「柏原」はどのあたりか、蒲原のことであろうか。松並木の間から、雪をかぶった富士山が遠景に見えている。


269頁 左上掲
「日本世相百年史」 2009年10月20日
初版第1刷発行
東京日日新聞社・サン写真新聞社

「提督の物語」(AN ADMIRAL'S YARNS)
 チャールズ・ホープ・ダンダス著 1922年発行
(An admiral's yarns by Dundas, Charles, 
of Dundas, Sir, 1859-Publication date 1922. 
18頁

以下は生成AIで修正
元の画像

ChatGPTで修正
頭髪は丁髷 後輪スポークに違和感

Claudeで修正
スポークが不自然 顔は鮮明

Gemini で彩色

2026年9月9日水曜日

梅津大尉自轉車談

 梅津大尉自轉車談

半 山 生
・自轉車の形状及び構造の沿革
久しき間多忙に紛れて輪談も途切れて居つたが、 少閑を得たを幸ひ曾て取調べたる事のある、佛國自轉車の形狀及び構造の沿革に就て一言して見よう。
先づ枠の事より説明するが、順序として當初に學理の要點を摘示しよう。
枠の構造に関する問題は、例へば第一図に示す如く前柱の両端(イロ)、鞍の支柱(ニ)、曲柄軸受(ハ)及び後輪軸(ホ)を既知したる時此五點を不變に一致して車体に變形を生ぜしめざるにあるのだ。佛のマッコルウン、ランキーヌは此五點を有する平面を稱して自轉車の平均面と名けて居る。
枠に變形を與ふべき處の力は二種ある。
第一種は行進中此平均面の真直なる時に發生するもの、第二種は回轉中車体が傾斜してこれに直角の力の加はる時に發生するものである。但し後者の力は前者より微弱である。
枠は鐵管を結合したるものなるが故に、若しこれに前記第一種の力加はった時は、鐵管を此力に耐へしむるには應用重學の原理に從ひ、五點を二點づつ、一致する處の三角形を與へねばならぬ、而して實際上後輪軸のホ點は間隔狭き二點(ホ一)(ホ二)に區分せらるるものである。
イロハニ(ホ一)及び(ホ二)を二點宛一致するに関して從來種々の發明が起ったけれど、最も簡易なる方法は第二図及び第三図に掲げたものである。
此發明は既に二三の自轉車製造人に採用せられた・・・

14頁
自轉車 第36号
明治36年11月28日発行 快進社