2022年10月31日月曜日

騎士のヴェロシペード

 騎士のヴェロシペード

 これも「英国のメカニックそして科学と芸術のミラー」1869年6月18日号

「THE ENGLISH MECHANIC AND MIRROR OF SCIENCE AND ART」

June 18, 1869.

註、騎士になったような気分にしてくれるヴェロシペード。

293頁

記事を拡大

図を拡大


騎士のヴェロシペード(抄訳)
"THE KNIGHT" VELOCIPEDE

私がデザインしたヴェロシペードの略図を同封する。 
設計では、前輪の横揺れと縦揺れを克服しようとして、スプラッシュ・ボードも入れた。 
1枚目の板はほぼフラットなので邪魔にならないように配置。
ステアリング、そして箱のようにホイールにフィットする。
これらのボードは、自由にネジで着脱できる。
前輪は、2つの歯車を使用することで安定する。
ブレーキは通常の方法で操作し、ハンドルは任意の方向へ回転させられる。
J. G. ナイト(J. G. KNIGHT)

2022年10月30日日曜日

ワイズマンの安全自転車

ワイズマンの安全自転車

 これも「英国のメカニックそして科学と芸術のミラー」1869年7月16日号

「THE ENGLISH MECHANIC AND MIRROR OF SCIENCE AND ART」

July 16, 1869.

註、中央の自転車について紹介する。

一見どちらが前か分からないが、サドルとハンドルの位置を見れば、明らかに右側がフロントであることがわかる。そしてステアリングは後輪である。

386頁

記事の部分拡大

図を拡大


ワイズマンの安全自転車
WISEMAN'S SAFETY BICYCLE

私は自転車の製作の計画を進めている。そしてこの雑誌の補足編集のページを期待している。ちょうど271頁の「キルマーノックのバイシクル」のように。
そこに具現化されたアイデアのいくつかを盗用されることが予想される。したがって、私が送る計画は、すでに構築したマシンの改良版である。約2か月後にイラスト付きの説明と図画が掲載される。
スケッチは非常に単純なので、説明はほとんど必要ない。
したがって、このマシンがフランスの自転車よりも優れているという利点を簡単に列挙する。

前輪には横方向の動きがなく、腕に負担がかからない。回転中は足がフルパワーになる。
これは、はるかに簡単に習得できる。シートは、ライダーがスタート前に乗ることができるように配置されているため、リスクはない: 古いダンディホース・スタイルで、足を地面に置いてスタートができ、走っているときは足をクランクに乗せることができる。ライダーは下車せずに停止して友人とも握手することができる。

重心が非常に低いため、転倒の危険性はそれほど大きくなく、たとえ倒れてもそれほど深刻なダメージにはならない。フランスの自転車のようにブレーキが取り付けられている。
このヴェロシペードの重さはわずか44ポンドである。

トーマス・ワイズマン(THOS. WISEMAN)

271頁の「キルマーノックのバイシクル」
参考までに掲載する

2022年10月29日土曜日

ノーフォークのバイシクル

ノーフォークのバイシクル

THE "NORFOLK"  BICYCLE

これも「英国のメカニックそして科学と芸術のミラー」1869年7月30日号

「THE ENGLISH MECHANIC AND MIRROR OF SCIENCE AND ART」

July 30, 1869.

註、これもベルトドライブ方式の自転車。バイシクルとあるので、二輪車である。

この時代、既に二輪のベルトドライブ方式の自転車があったことは驚きである。

ことによりとこれが自転車の元祖になるのかもしれない。

しかし、世界最初とか元祖という言葉ほどあてにならないものはない。ラーメン店の看板ならいざ知らず、自転車も常に進化の過程の中からいろいろなものが登場したことを思えば、最初だの元祖だの語句は無意味である。過去から現在そして未来、歴史は常につながっている。ものごと最初や最後で区切ることはできない。例えあったとしてもそれは限定的なものに過ぎない。

だからこの自転車も正確には初期の自転車ということになる。1817年のドライジーネもしかりである。

424頁

記事を拡大

図を拡大

ノーフォークの自転車(抄訳)
THE "NORFOLK"  BICYCLE

私のデザインである自転車のスケッチを送る。これは、現在流行している一般的な自転車よりも優れていると思う。そもそも速度が2倍で、フレームの両側に 1つずつある2つの駆動プーリー A. は、駆動ホイールの車軸上の2つの直径の2 倍であり、駆動プーリーの 1 回に対して2回転する。

クランクはない。足踏みは滑車にある。

滑車は、ストラップまたはコードで接続されている。

自転車を時速12マイルで運転するという自慢話を聞いたことがあるが、その歌にあるように、それが真実であるとは信じられない。
駆動輪の円周が 9フィートで、これが一般的なサイズだと思う。時速12マイルの速度で進むとなると、クランクは1分間に117 回、1 秒間に2 回ほど回転する必要がる。

私の自転車の操舵は良くなっている。通常のものでは、クランクを押すたびにホイールがねじれる。

私の考えでは、ヴェロシペードのハンドルはドライバーの近くにあるべきではない。

先日、自転車に乗っている2人のライダーが、片方は車輪にズボンを絡め、曲がる際に接触しているのを見かけた。
これを避けるため、ビスのズボンに2つの革のパッチを巻いた。

サドルBの後ろに配置されたブレーキ Cは非常にシンプルで、ライダーが体重を乗せることによって作動する。

フレームまたはバックは木製である。必要に応じて、運転席を前に、或いはハンドルを後ろに置くこともできる。

後輪 は、3フィート。前輪は2フィート。
読者の意見を聞かせていただければ幸いである。

最近、ヴェロシペードのローイングモーションが話題になっている。

「スタント」マシンではローイングモーションが見えない。ローイングでは、両方のオールが連動するが、マシンのレバーは連動しない。

私は、直進時に両方のレバーが連動し、ボートのオールとまったく同じ位置に配置し、ロング・ストロークまたはショート・ストロークのいずれかを採用することができる設計図を1つ持っている。

編集者がスペースを空けることができれば、そのスケッチを送る。(編集者、そのスケッチは喜んで受け取る)

フレデリック・ W・シアリング、フェルトウェル、ノーフォーク
FREDERICK W. SHEARING、 Feltwell、 Norfolk

2022年10月28日金曜日

アーサー王子のヴェロシペード②

アーサー王子のヴェロシペード②

 これも「英国のメカニックそして科学と芸術のミラー」1869年6月4日号

「THE ENGLISH MECHANIC AND MIRROR OF SCIENCE AND ART」

June 4, 1869.

註、このアーサー王子のヴェロシペードは、前回の記事よりも20日ほど早い。

駆動方法はやはりベルトドライブ方式である。

243頁
上の図は四輪のスタント・ヴェロシペード
ここでは説明しない。

記事を拡大

側面図

平面図

プリンス・アーサー・ヴェロシペード(抄訳)
THE PRINCE ARTHUR VELOCIPEDE

ヴェロシペードのスケッチを送る。論文のページにこれを載せる価値があると思うなら、読者に興味を持ってもらえると思う。

図1の説明。
ラフなスケッチは、前輪のブレーキがソケットに固定されていることを示している。

図2、これはクランクによって駆動する。12インチの駆動プーリーでベルトにより速く作動する。
6インチのプーリーをストラップにより引き起こす。

図 3 、2つの後輪の車軸を合わせたもので、駆動プーリーの 1 回の回転に対して 2 回転し、速く走ることができる。

ヴェロシペードの速度と安全性は重要である。

ロバート・ストーリー(ROBERT STOREY)


2022年10月27日木曜日

アーサー王子のヴェロシペード

 アーサー王子のヴェロシペード

これも「英国のメカニックそして科学と芸術のミラー」1869年6月25日号

「THE ENGLISH MECHANIC AND MIRROR OF SCIENCE AND ART」

June 25, 1869.

註、一見この側面図を見るとベルト・ドライブ方式の三輪車のように見える。

下の説明ではさっぱり分からない。訳も不自然。

チェーンでないことは分かるが、はたしてこのストラップは何なんか。革製或いは組紐なのか、それとも別なものか。いずれにしてもこの構造で後輪を回すのは難しい。

しかし、この時代に既にこのような駆動方式があったことは驚きである。

308頁

記事を拡大

図を拡大
側面図

平面図


抄訳、
アーサー王子のヴェロシペード
(THE PRINCE ARTHUR VELOCIPEDE)

このマシンは 9 インチの滑車 A で駆動され、3 インチの滑車 B にストラップがあり、歯車 C は滑車 B に固定されている。

それらは両方とも、車軸上で一緒に緩んで回転する。 C は歯車 E のドライバーで、歯車 G が取り付けられたシャフト F を回転させる。 G は、車軸に固定されたホイール E のドライバーである。

  2つの車輪 I も車軸に固定されており、駆動滑車の 1 回に対して 2 回転する。

  歯車は真ちゅう製または切断された錬鉄製である。

ロバート・ストーリー(ROBERT STOREY)




2022年10月26日水曜日

自転車関係資料-211

 自転車関係資料-211

この雑誌は「小国民」 第5年6号 1893年(明治26年)3月15日発行

前回の軍用自転車の内容は以下のように日本でも紹介されていた。

表紙

目次

軍用自転車の記事

裏表紙

スクラップ帳より

◎軍用自転車 

自転車は近来我国にても随分流行することとなりしが、西洋にては近ごろ之を軍用にまで充るに至れり。 行軍中若くは戦争中、急便を要する場合には、兵士をして自転車に乗らしむ。 勿論此等の兵士をして平生自転車に乗ることを訓練せしむるものなり。 現にフランス(仏蘭西)、ゲルマン (日耳曼)の如きは其実例を示せり。 殊にイギリスの如きは、自転車をして軍備を運ばしむるに至れり。 但し自転車にて運搬せしむる軍備は左まで重大なるものにあらず。 此軍備運搬に使用する自転車は、皆二輪より成れるものにして、 都合 6台を一列となし、その最後の自転車に運搬すべき軍備を乗せたる車をつなぎ、 6台の自転車には、各兵士二人ずつを乗せしめ、 第一の自転車の先乗りを為せるもの、 適宜に其方向を転じ行くなり。 其進行の速力は、 道路の難易に従て、一様ならずと雖も、概ね一時間に就きわが3里半より6里なりと云う。 図にて其概略を知べし。

(明治26年3月15日発行、 第5年6号)


2022年10月24日月曜日

自転車関係資料-210

 自転車関係資料-210

この新聞は「サーニア・オブザーバー」紙 1887年6月3日付け

「The Sarnia Observer」 Dated June 3, 1887

この記事の内容と図は、当時日本でも紹介されている。

雑誌「小国民」第5年第6号、明治26年3月15日発行にある。

「サーニア・オブザーバー」紙 1887年6月3日付け

この記事は縦長なので横にした

マルチ・サイクルの歩兵
図の部分を拡大

準備万端


新しい軍用車輛(NOVEL WAR MACHINE)
部隊を高速移動させる装置
医学は命を救う新しい方法の発明を続け、軍事科学は破壊の新しい機械の発明を続けている。

輸送における近代的な改善
人類の利益のためのものは、戦争目的の輸送手段が改善された現代にある。多くの新しい機械の中で最も斬新なのは、いわゆるマルチ・サイクルである。これは、兵士の分隊が使用できる一種の複合的車輛である。
すべてが一緒に行動し、荷物や弾薬を持ち、止まると防御壁のようになる。

 動作中のマシンの図を示す
 この機械のベースはロンドンの路上で試され、明らかな成功を収めており、現在、英国戦争局の権限によってアルダーショットで厳しくテストされている。
通常は 12 人の兵士を乗せるが、16人が乗れるような構造であるため、マルチ・サイクルと呼ばれる。
この図は、かなりのアイデアを提供している。これは、いわゆる「ビクトリア」4人乗り四輪車を改造したものである。兵士たちは一列になってその上に座り、背中に銃をぶら下げて、足でペダルを踏む。

ロンドンの通りでは、通常時速 10マイルの速度であるが、多くの場合は、16 マイルまで達成できる。でこぼこの道や急な坂道も余計な労力をかけずに横断できると主張されている。
操舵手は瞬時に小回りがきき、混雑した街中でもほとんどトラブルを経験していない。
以上がロンドンの新聞の報道であり、野原でも田舎道でも同じ成功を収めることができれば、兵士たちが歩く代わりに、これに乗るのを見るかもしれない。もちろん、適切なフィールドワークは古くからの方法で進めなければならないが、部隊の迅速な移動のためにマルチ・サイクルは、大きな成功を収める可能性がある。確かに、長い行進にベロシペードを採用するという考えは、容易に考えられるものである。

自転車関係資料-209

 自転車関係資料-209

この雑誌は「サイクリング・イラスト」誌 合本版

ミラノ、1894年12月20日 木曜日 発行(781頁)

「L'ILLUSTRAZIONE CICLISTICA」

Milano, giovedì 20 dicembre 1894

註、一見、十字号のような形状の自転車のイラストがあったので紹介する。
漫画のストーリーは、十字号とはまったく関係なし。自転車に花火ロケットを付けて、空を飛ぶ夢を描いたのだが、その結末は・・・。

1894年12月20日
781頁

786頁

自転車のイラスト

義母への心からの愛がもたらす悲しい出来事

(バイシクリング・ニュースより)

プントリーニが花火屋さんの前に立ち寄った

明日は義母の祝宴だ

そして、花火があれば素晴らしい演出を作ることができると考えた

花火を購入・・・準備完了・・・出発

パイプに火をつけた瞬間に

A.E.カルデコット 画


2022年10月23日日曜日

プジョーのベル

 プジョーのベル

昨日、自転車の工具箱の中からプジョーのベルが出てきた。何時ごろのものか分からないが1970年代にプジョー自転車を所有していたころのものと思われる。以前、ヤフオクでやはりプジョーのベルを見たが、そのベルはドイツ製であった。今回工具箱から出てきたベルはフランス製で「AFA MADE IN FRANCE」と指で回転させる部分に刻印されていた。

AFA で思い出すのは、やはり1970年代に使用していたクリストフのトークリップ である。ストラップはビンダ(ALFREDO BINDA)であった。

ベルの蓋をあけて少し油をさしたら、まだよい音色がした。

下のマニュアルと小旗はプジョーの関連資料として参考まで。

プジョーの自転車ベル
お馴染みのライオン・マーク

「AFA MADE IN FRANCE」とある



マニュアル 1983年

裏表紙

小旗

2022年10月22日土曜日

改良型キルマーノック・ ベロシピード

 改良型キルマーノック・ ベロシピード

これも「英国のメカニックそして科学と芸術のミラー」1869年6月11日号

「THE ENGLISH MECHANIC AND MIRROR OF SCIENCE AND ART」

June 11, 1869.

註、前回の図と比較すると改良点が見えてくる。

271頁
1869年6月11日号

図を拡大
肘あてがなくなり
ブレーキも見える

前回の図 改良前
1869年5月14日号 173頁


一部抄訳、
改良型キルマーノック・ ベロシピード
(THE IMPROVED KILMARNOCK VELOCIPEDE)

キルマーノック・ベロシペードはさまざまな改良が行われてきた。
現段階での写真を送る。新たにブレーキと砲金ベアリングが取り付けられた。
はるかに優れたステアリング・ハンドルもあり、コネクティング・ロッドもロングレッグとショートレッグに変更可能にした。取り付けも簡単。 非常に安全なベロシペードである。

2022年10月21日金曜日

キルマーノック・ベロシペード

 キルマーノック・ベロシペード

これも「英国のメカニックそして科学と芸術のミラー」1869年5月14日号

「THE ENGLISH MECHANIC AND MIRROR OF SCIENCE AND ART」

May 14, 1869.

このキルマーノック・ベロシペード(THE KILMARNOCK VELOCIPE)、どこかで見たような自転車である。

そう、まさにあのカークパトリック・マクミランのベロシペードに大変良く似ている。

キルマーノック・ベロシペードをマクミランとあえて混同させ、この図の自転車をマクミランとしたのであろう。製作者のトーマス・マッコールもマクミラン同様にスコットランド在住であった。マクミランはスコットランドのダンフリースで、マッコールはキルマーノックである。

1880年代にジェームズ・ジョンストンという金持ちのトウモロコシ商人が叔父のカークパトリック・マクミランを最初の自転車発明者にするため、マッコールのデザインをマクミランにしたとも云われている。そして1839年の日付まで追加した。
ジョンストンの依頼で、マッコールは1890年代にマクミランのものとして展示するレプリカを製作したとも。

173頁

図と記事の部分を拡大

キルマーノック・ベロシペード(THE KILMARNOCK VELOCIPE)、抄訳
ベロシペードの写真を同封する。これはキルマーノック・ベロシペードで、使ってみたら、とても軽くて動きやすい。
これは二輪車で、駆動輪3フィート6インチ、前輪のステアリング・ホイールは2フィート 8インチ、車輪は木製である。
製作者 (トーマス・マッコール、ラングランド・ストリート、キルマーノック) は、グラスゴーで、一般的な二輪車といくつかの競争をしたが、打ち負かしている。
編集者へ、もしこれが価値あると認めるなら、おそらく何人かは利益を得るだろう。
価格は、5ポンド10シリングである。
メカニカル・ホーク

トーマス・マッコール(Thomas McCall)
と彼の自転車

コベントリー・ソーシャブル・ベロシペード

 コベントリー・ソーシャブル・ベロシペード

COVENTRY'S SOCIABLE VELOCIPEDE.

「THE ENGLISH MECHANIC AND MIRROR OF SCIENCE」

380頁 1869年7月16日号より

一部抄訳、
完成したばかりのベロシペードの図を送る。この図でわかるように、2 人または 4 人が乗ることができる。

図の右側シートには3人が座れるように座席が配置され、外側にクランク・レバーがある。後ろのシートでは足踏みとステアリングを操作する。素材は松を使用(フロントアクスルを除く)。この車は時速 8 マイルの速さで走ることが出来る。

 J.コベントリー

註、一見どちらが前か分からない。おそらく右側が前輪か?向かい合って座るので、確かに社交的(SOCIABLE)なベロシペードである。

このページの右寄りにはバルーン・ベロシペードが見える。熱気球の主な機能は、マシンの転倒防止と、車体が軽くなるので登り坂には有利。バルーンに熱風を送るため、小さなオイルランプが気球の真下に装備されている。 W.T トリンドン

380頁
「英国のメカニックと科学のミラー」
1869年7月16日号

図を拡大

2022年10月20日木曜日

レイノルズのベロシペード

 レイノルズのベロシペード

この資料も「アメリカの職人」誌 1869年7月7日号

「AMERICAN ARTISAN」 July 7, 1869 .

1869年7月7日号 4頁

レイノルズのベロシペード


1869年7月7日号 4頁


レイノルズのベロシペード(一部抄訳)
図にあるように三輪車の種類に属し、足踏みと直立したレバーを操作して走る。練習なしでこのベロシペードに乗られる。パワーに比例した速度が出る。
必要に応じて、足のみ又は手だけでも推進する。
 前には補助シートがあり、これにも乗ることができる。(図では子供が座っている)

2022年10月19日水曜日

自転車関係資料-208

 自転車関係資料-208

この雑誌は「アメリカの職人」誌 1869年9月29日号

「LE GENIE INDUSTRIEL」 SEPTEMBRE 29、1869.

また「セレレマネ」が載っていたので紹介する。

セレレマネ(Celeremane)、一部抄訳、

現時点で最も人気のあるスポーツは、ボート漕ぎとベロシペードに乗ることである。

過ぎ去った夏のシーズン中、ボートは最も人気があった。しかし、多くの人は、寒さが厳しくなるにつれ、敬遠する。

ボートの練習が好きな人が陸上でも同様の練習できるベロシペードがある。(エンジニアリングより)

ロンドンのボウに住むオースティン・チェンバーズ氏によって設計・製作された「セレレマネ」と呼ばれているベロシペードだ。

このベロシペードは、図のように座っている5人の男性によって操作され、2 人はマシンの正面を向き、他の2 人は後ろを向いている。一番後ろは舵手である。

乗り手は、軽量鋼のラジアスバーに接続されているクロスバーを握る。したがって、その動作はボート漕ぎに似ている。

乗り手は自分の筋肉の力を長期間使用して、より大きな効果を得ることができる。・・・

註、「エンジニアリング」誌からの引用とある。(当ブログを参照)


193頁
1869年9月29日号
「セレレマネ」

2022年10月18日火曜日

ヒルデブラント&ヴォルフミュラー

 ヒルデブラント&ヴォルフミュラー

ヒルデブラント&ヴォルフミュラーがイタリアの「サイクリング・イラスト」誌にも載っていたので紹介する。

「サイクリング・イラスト」誌 合本版

ミラノ、1895年3月17日 発行(145頁)

「LA  ILLUSTRAZIONE  CIOLISTICA」

Milano.  17 marzo 1895.

なお、ヒルデブラント&ヴォルフミュラーについては、このブログの「自転車関係資料-186」及び「自転車関係資料-187」を参照。

日本に初めて登場した歴史的に重要なモーターサイクルなので度々このブログでも紹介している。

アメリカでの特許取得が、1895年10月8日付であるから、このイタリアでの公開はかなり早い。
米国でのヴォルフミュラーの特許状
 第 547.511号、A.ウルフミュラー、ベロシペード、1895年10月8日に特許を取得。
No. 547,511. A. WOLFMULLER.VELOCIPEDE. Patented Oct. 8, 1895.

因みに日本へは、1896年1月19日に十文字商会が輸入している。


、1895年3月17日号の表紙

145頁 

一部抄訳、
トゥルクハイマー氏(Mosè Max Turkheimer)のこれらの功績に加えて、有名なモーター・サイクルをイタリアに紹介したことも付け加えなければならない。これは万国博覧会でも賞賛され、走行するところを見ることができるだろう。

この新しいマシンについては、すでに多くの話題を呼んでおり、トゥルクハイマー氏自身がイタリアのいくつかの主要都市で実施したさまざまな走行試験でも非常に良い結果をもたらした。・・・・
ヒルデブラント&ヴォルフミュラー
画像を拡大


ヒルデブラント&ヴォルフミュラーに乗るトゥルクハイマー
註、モーゼス・マックス・トゥルクハイマー(1878-1944)は、ユダヤ系ドイツ人。
1878年にドイツで生まれ、1906年にイタリアのミラノに移住、そこで自転車等の販売会社を設立。その後、自転車、オートバイ、自動車を製造。OTAV (Officine Türkheimer per Automobili e Velocipedi)。
第二次世界大戦中にコモで逮捕、1944年、アウシュビッツで処刑(ホロコースト)。