2026年3月22日日曜日

自轉車瓦版 第95号

 自轉車瓦版 第95号

昭和60年12月7日発行

★ 外国書籍の斡旋。
① On the Road with The Tour de France 、$16.95 
②Total Book of Bicycling、 $9.95 
③Bicycle Road Racing 、$22.50
④ Ride Over The Mountain 、$5.95
⑤ Miles From Nowhere、 $10.956 
⑥Bicycle Rider、 $9.95 
⑦American Flyers 、$2.95
⑧ The Noiseless Tenor 、$25.00
⑨ Cyclist's Training Diary、 $7.95 
⑩The Fabulous World of Cycling '1985、 $29.95. 
(価格には送料・手数料は含まず) 問い合わせ先: 〒466 名古屋市昭和区桜山町1-3(株)八神商会まで。(当研究会の会員であることを明記のうえ、往復葉書でお願いします)。

★現在、会報「自轉車」で「空とぶ自転車と水上自転車」を連載中であるが、最近「人力飛行機」という本が出版されていることが分かった。発行元等は下記のとおり。 
光文社  福本和也著 1985.7.30 初版発行 ¥1200-。
同本の未尾には、参考文献として、次のような本か掲載されている。①『飛行機革命』木村秀政( 実業之日本社)②『人力飛行機』木村秀政・内藤 晃(日本航空宇宙学会誌,第32巻 別刷 ⓷『漕いだ、飛んだ2093.9m』加藤隆士④ 『人力飛行機でドーバー海峡を飛ぶ』野口常夫。
(以上は、真船氏の情報による)

☆瓦板の年間購読の予約受付中。
1ヵ年送料とも2000円(毎月4回以上発行予定)なお、今まで通り毎月1回以上情報提供のある会見には無料配布致します。

The Noiseless tenor
 January 1, 1982

2026年3月21日土曜日

イーグル関連

 イーグル関連

下の写真は先般メタのサイトに投稿されたもの。

何処かの写真館で撮影されたものと思われる。

左側の下に理髪師とその息子と書いてある。前輪上部の補助椅子に幼児が座っている。

註、イーグルは、コネチカット州スタンフォード在住のレオナルド・B・ゲイラーが考案し特許を取得。

1887年4月19日付特許第361,280号、出願日:1886年10月28日。


イーグル自転車

The Wheel and cycling trade review 
361頁
 1889年1月4日号

1887年4月19日付特許 第361,280号の図

2026年3月20日金曜日

ヴェロシペード特許関連 - 10

 ヴェロシペード特許関連 - 10

UNITED STATES PATENT OFFICE.

LEONARD B. GAYLOR, OF STAMFORD, CONNECTICUT.

BICYCLE.

アメリカ合衆国特許庁

コネチカット州スタンフォード在住のレオナルド・B・ゲイラー

自転車

1887年4月19日付特許第361,280号の一部を構成する明細書。出願日:1886年10月28日。シリアル番号:217,472。(模型なし)

関係各位

私、レオナルド・B・ゲイラーは、アメリカ合衆国市民であり、コネチカット州フェアフィールド郡スタンフォード在住、自転車に関する新規かつ有用な改良を発明した。以下はその明細書。

私の発明は、一般に「スター」マシンとして知られる自転車の改良に関するものであり、その特徴は、メインホイールまたは駆動輪の前に配置された小さなステアリングホイールであり、両方のホイールは適切に構成されたフレームによって互いに結合されている。

 本発明は、より詳細には、マシンのリーチと取り付けられたフレームとの間のヒンジまたは旋回装置の摩耗を吸収してガタつきを防ぐための装置、およびフレームの構造とマシンのペダルまたは駆動機構の改良に関するものである。・・・


図1

図2

明細書

同上

同上

2026年3月19日木曜日

ヴィクター号関連

 ヴィクター号関連

下の写真は、最近オークションに出品されたヴィクター号。

ロット99: 1890年製 オーバーマン・ビクター スプリングフォーク・セーフティ

開始価格:7,500ポンド

フレームサイズ:20インチ、ホイールサイズ:30インチ

このビクター・スプリングフレームは、長年博物館に展示されていたもの。ハンドルバー右側の木製グリップが欠損している。後輪のソリッドタイヤの一部が欠けているが、それ以外は修復されていないオリジナルの状態を保っている。ハンモック型のサドルは、張られた革の表面が弱いため、完全な状態で残っているものは非常に稀である。


 1890年製 オーバーマン・ヴィクター号

同上

2026年3月18日水曜日

橋本商会 - 4

 橋本商会 - 4

以下は明治40年ごろの橋本商会の正価表、

英國製スターレー號
STARLEY &C COVENTRY. ENGLAND
フレーム、高さ21吋、22吋、バイブ1吋、最上黒色エナメル塗り金線入
ゴム輸、文字入ダンロップ針金入28时、太さ1吋1/2
リム、鋼鉄ニッケル仕上げ、中央線色工ナメル
チェン、巾1分 ローラー
クランク、角形長7吋
ベタル、巾4吋 ゴム付き
後車、フリーホイール(自由輸) ケース附(鎖護),
 輪止メ、 前後両リムブレーキ
ハンドル、 巾17吋(紳士用)
サドル、 一枚皮金物ニッケル仕上げ
ニッケル 全部厚仕上げ
金貳百圓、金貳百七圓(チェーンケース付き)
特別製、 車體金貳百五拾圓
(九)ページ

9頁
200円、207円(チェーンケース付き)
特別製、 250円

10頁
トライアンフ號
200円、210円(チェーンケース付き)

11頁
ジェームズ號
180円、190円(チェーン・ケース付き)

2026年3月17日火曜日

ヴェロシペディスティカ誌

 ヴェロシペディスティカ誌

LA RIVISTA VELOCIPEDISTICA

1885年1月15日

註、La Rivista Velocipedistica は、イタリア自転車文化を代表する専門誌で、内容は競技・技術・クラブ活動など。イタリアのトリノで刊行された。

表紙

1885年1月15日発行

138頁

この形の三輪車は多く採用されている。80 キログラム未満の重量のものを、図に示されているものよりも優しく運ぶことが出来る。少なくともこの国では、次の世代は自転車、そしておそらく三輪車を使ってすべての用事を済ませるようになるだろう。
 
今年の初め、ラッヂ商会はトルコ皇帝陛下から三輪車のコンバーチブルを注文された。ロシア皇帝陛下は私用としてインペリアルクラブ三輪車を2台注文した。イギリス女王もまた、約4年前にスターレーのサルヴォを注文した。・・・

2026年3月16日月曜日

自轉車瓦版 第94号

 自轉車瓦版 第94号 

  昭和60年12月1日発行

★福島県の喜多方市でダルマ自転車を発見!

 喜多方市字一丁目4647番地、「中の越後屋」という味噌醤油醸造業を営んでいる宇内弥惣次氏宅に、この程木製のダルマ白転車があることが分った。このダルマ自転車はフレームが鉄製、ハブ・スポーク・リムが木製でタイヤは鉄のタガで出来ているもの。前輪の直径は80㎝、後輪は35㎝、 ホイールベース は80㎝である。また高さは110㎝で、全体の長さは135㎝である。小型だが、フレームはダルマ自転車特有のステップも付いており、恐らく明治20年前後に作られたものと思われる。この店は先祖代々味噌醬油醸造業を営み、現在の弥惣次氏は四代目である。明治初めに上の越後屋から分家して、中の越後屋と呼ばれる旧家でもある。現在、観光客のために店の一部を公開して、味噌醤油醸造の製造工程などが分るようになっている。このダルマ自転車は二代目の弥惣次氏(大正15年9月14日、81才で没)が当時買入れたと伝えられている。現在、確認されているところでは、福島県内では、このダルマ自転車が唯一のものである。この情報は真船氏から寄られたもので、同氏は、さらにこの自転車の細部について調査中である。あるいは製造者の氏名等が発見されるかもしれない。


「中の越後屋」
Googleストリートビュー

喜多方のダルマ自転車
ヘッド部下
写真提供:真船高年氏
以下同じ

前輪
右側ペダル欠損

後輪ステップ

全体後部

前輪左側 宇内さん

後輪左側

サドルの下部

前輪とペダル 右側

右側からの全体

正面

ヘッド部

後輪右側

73頁
蔵のうちそと : 蔵のまち喜多方
 池内紀昭 著 歴史春秋社 1979年12月1日発行
国会図書館所蔵

「会津喜多方案内」
山口金伊 編 喜多方案内発行所
 1916年(大正5年)1月1日発行
国会図書館所蔵

2026年3月15日日曜日

マクミラン

 マクミラン

下は最近メタのサイトに投稿されたマクミラン。

自転車の通史から除外されたはずだが、未だこのように登場する。



ご存知か?スコットランドの鍛冶屋、カークパトリック・マクミランは、現代のクランクシステムが開発されるずっと前の1830年代に、ペダル駆動の自転車として最も初期のものの一つを発明したことで広く知られている。これは、自転車の歴史におけるスコットランドの重要な節目である。


2026年3月14日土曜日

自轉車瓦版 第93号

 自轉車瓦版 第93号 

 昭和60年11月28日発行

資料編、

コロンビア・タンデム・セーフティ、1890年

価格、「ダブルグリップ」ボール・ペダル付き、$200-。「ダブルグリップ」パラレル・ペダル付き、$190- 重量 82ポンド。

コロンビア・セーフティ、モデル番号は製造年を示している。

安全自転車 ポープ製造会社 1888年~1904年


自轉車瓦版 第93号 
 昭和60年11月28日発行

2026年3月13日金曜日

ヴェロシペード特許関連 - 9

 ヴェロシペード特許関連 - 9

アメリカ合衆国特許庁

フランク・アーチャーとアーサー・シドニー・ボウリー(英国ロンドン在住)、オーバーマン・ホイール社(マサチューセッツ州チコピーフォールズ在住)の譲渡人

ヴェロシペード。

明細書は、1891年2月24日付特許第447,099号の一部を構成する。出願は1890年12月15日。連番374,721。(模型なし。)1889年5月8日、英国特許第7,734号。

イングランド、ミドルセックス州ラウドンのフランク・アーチャーと、イングランド、サリー州バルハムグローブのアーサー・シドニー・ボウリーは、自転車の新しい改良を発明した。(1889年5月8日に英国で特許を取得、特許番号7,734)そして、添付図面およびそこに記された参照文字と併せて、以下が自転車の完全、明確、かつ正確な説明であることをここに宣言する。これらの図面は、本明細書の一部を構成し、以下のとおりである。

図1は、本発明に従って構成されたフレームを備えた安全自転車の側面図。図2は、後端から見たフレームの分離斜視図。図3は、フレームの最前端を示す、一部側面図、一部断面の拡大破断図である。図4は、フレームの2つの部材の上端を結合し、サドルの支持を提供するブリッジを示す後面破断図。図5は、フレームの2つの部材の前端を接続するために設けられた固体ヘッドの1つの分離平面図。図6は、安全自転車の側面図で、改良されたフレームが取り得る別の形状を示している。

本発明は、ヴェロシペードのフレームの改良に関するものであり、その目的は、これまで我々が知る限り、これまでに製造されたどのフレームよりも軽量で、剛性が高く、耐久性があり、振動の少ないフレームを製造することである。



明細書

同上

2026年3月12日木曜日

カークウッド・ミラー社

 カークウッド・ミラー社

カークウッド・ミラー社の広告 1892年2月19日

イリノイ州ピオリアのカークウッド・ミラー社は、アメリカ有数の自転車販売業者として名を馳せている。この進取の会社は1891年の春に自転車事業に着手し、主に小売業を営んでいたが、シーズンの半ばを過ぎる頃には、大規模な自転車販売を行うようになった。ちょうどその頃、イギリスのコベントリーにあるボニック社のマネージングディレクター、バジル・ライリー氏がテレフォンサイクルのサンプルラインを持ってアメリカに渡り、ピオリアに直接赴き、この有名な自転車の米国唯一の代理店をこの会社に委託した。自転車部門は当初、サウス アダムス ストリート 108 番地にあったが、すぐに手狭になり、現在は 3 階建て (30 x 100) の建物を増築し、自転車販売専用にした。テレフォン サイクルには 7 つのパターンがあり、重さは 25 ~ 49 ポンドである。カイト パターンは、アメリカ市場で最もよく売れる自転車の 1 つになると期待されている。フレームは 3 枚のスチール チューブで構成されており、非常にシンプルで軽量である。リバティ サイクルについてはシカゴとその近郊を除く州代理店があり、フェザーストーンのロード キング、スイフト、パラゴンの現地代理店でもある。また、ウエスタン ホイール ワークスの製品ラインもすべて取り扱っている。特に注文がない限り、すべての自転車にダンロップの空気入りタイヤを使用。

郵便はがきを送ると、取り扱っているすべての自転車の詳しい説明が記載された '92 年カタログが同封される。


図はカイト号
フレームの湾曲構造が
どこか下図のユークリディア号に似ている


923頁
The Wheel and Cycling Trade Review
1892年2月19日


ユークリディア号
ターバー&ボウリー製作
1880年頃
メッシュ状のフレーム構造

2026年3月11日水曜日

ヴェロ-チェマン誌

 ヴェロ-チェマン誌

下の資料は「ル・ヴェロ-チェマン」誌(Le Véloceman)である。

スポーツとコマーシャル、フランスと海外におけるサイクリングについて

毎月1日と15日発行

散歩、遠足、旅行、物語、逸話、ニュース、サイクリング ・フェスティバル、ゴシップ、レースやクラブからのニュース、観察と批評、産業と商業の進歩に関するレポートなど、役に立つ実用的な情報誌。

註、「Le Véloceman」 は、1885年に創刊したフランス(モンペリエ)の雑誌。


「Le Véloceman」誌

ル・クリッパー・ガラードの広告
1885年12月1日号

ラッヂの広告
1885年6月15日号
D. ラッヂ&Co
世界最古かつ最大の工場
コベントリー(イギリス)

2026年3月10日火曜日

自轉車瓦版 第92号

 自轉車瓦版 第92号

昭和60年11月28日発行

★出版案内

①"マウンテンバイクの世界”成美堂出版:85.12.1発行・サイクリングライフ社編集

¥1300.-

②児童書“自転車父ちゃん旅だより”85.11.20初版 関屋敏隆・版画と文、小学館¥1200.-

★外国文献案内、

①"The American Bicycler, A Manual For The Observer. The Learner, And The Expert "by Charles E. Pratt, Houghton. Osgood and Co., Boston, Mass., The Riverside Press, Cambridge, Mass., 1879. 

②The A B C of bicycling: An instruction book for the tyro Unknown Binding – January 1, 1884.by H. B Hart (Author)

「The American Bicycler」
 1879年発行

5頁
エクセルシャー三輪車

歴史スケッチ - ヴェロシペード
ブランシャールとマグリエが、乗り手が推進する装置を製作し、後にコンコルド広場で展示し、フランス・アカデミーの会員や、観客を集めてから1世紀が経ち、ヴェロシペードは様々な名前で呼ばれ、いろいろな改良が加えられてきた。
ヴェロシペードは、一般的に、乗り手が推進する乗り物の一種として定義されている。そして、二輪、三輪、四輪、五輪、さらには一輪と、様々な大きさや構造のものが開発され、手、足、両手両足で動かし、バネ、ペダル、クランク、レバー、コード、滑車、ラチェットホイールなどの装置で補助されるように考案されてきた。
ヴェロシペードは、常に、両手両足で推進・操作される三輪の乗り物である。

2026年3月9日月曜日

橋本商会 - 3

 橋本商会 - 3

  以下は明治40年ごろの橋本商会の正価表、

COVENTRY IMPERIAL CYCLE
英國ハンバー會社製造インペリアル號
フレーム 、高さ21吋及22吋 パイプ1吋 最上黒色エナメル塗り金線人
ゴム輪、文字入ダンロップ28吋、太さ1吋二分の1
リム、鋼鉄ニッケルメッキ、中央線色エナメル
チュン、巾1分ローラー
クランク、角形長7时
ペタル、巾4吋ゴム付き
後車フリーホイール(自由輸)
輪止前後両リムブレーキ
ハンドル、17吋(紳士用)
サドル 、一枚皮金物ニッケル仕上
ニッケル 全部厚仕上
(「インペリアル」自轉車は「ハンバー」會社製造、完全無訣なるものなり)

6頁
300円、330円(チェーン・ケース付き)

7頁
サンビーム號

8頁
英国製センター號
フェザーウェイト
300円、310円(チェーン・ケース付き)

2026年3月8日日曜日

自轉車瓦版 第91号

 自轉車瓦版 第91号 

 昭和60年11月27日発行

★オーディナリーの乗り方について、

①まずハンドルを両手でしっかり握り、片方の足を後輪近くのバックボーンにあるステップに乗せる。そして、もう片方の足で地面を蹴って前進させる。

②ある程度前進の勢いがついたら、ステップの上に体を乗せ、倒れないようにバランスをとりながら走る。勢いがないと倒れてしまうので、すこし下り坂の所で練習するとよい。 バランスがとれるまでは何度も繰り返して練習する。これば完全に出来るようになるまで、サドルに跨らないこと。初心者は特に注意を要する 。これがうまく出来るようになったら次はサドルに体を移行させる。

③ステップにかけてない方の足をサドルの方へ移行させるとともに、サドルに尻をのせる。尻がサドルに完全に乗ったところで両足でペダルを踏む。この時はバランスを崩しやすいので、スムーズに行なうようにする。推進力がなくなると転倒するので注意をする。

④降り方には、いろいろな方法 があるが、4の図は、スピードを弱めたところで飛び降りる方法である。これはオーディナリーといっしに倒れるように降りるのである。

 ⑤は通常の自転車と同じうにパダル使って降り方法である。いずれにしてもケガがのないように降りることである。


自轉車瓦版 第91号 

2026年3月7日土曜日

輪界秘話

 輪界秘話

「春泥」 第46号 1934年5月1日 発行

輪界秘話

縷紅亭

「自轉車の話」と豫告をされたが、自轉車の新らしい物として世間にもてはやされたのは、今から三四十年前の事で、結局話もそんなところになる。

先代左團次の達者な頃、明治座の華かなりし時代のこと、「明治櫻輪界」といふ妙な名の会があった。これは明治座の河原崎権之助氏が主催で、明治の御代の役者が、昔のやうにぞろつとした姿でみてはいけない。洋服を着ろ、自轉車に乗れと、若い役者達を煽動して、明治座の「明治」と座の紋章の「櫻」とをとつて、明治櫻輪界と名づけて、 自轉車の遠乗会を作った。世話役はその頃の自轉車愛乘家松井康義子爵で、松居松葉氏が顧問になった。

さて、この会だが、これは、當時米國のデートンといふ自轉車を売ってゐた、双輪商会の主人の宣傳が陰の力になつてゐたのである。その會員は、明治座の関係者に限られてゐたので、人数は少かつたが、今の左團次、荒次郎、高之助(木村錦花氏か)左升、納升、竹柴爲三、富士田音蔵氏等で、この外下廻り連は、住吉町の湯本自轉車店主催の 「遊輪クラブ」に這入つてゐた。

で、その遠乗先はといふと、市川は真間鴻の臺、向島の百花園、奥の植半、日暮里の花見寺などで、みんな明治座前に勢揃ひして、デートン車を並べて出かけたものである。

この時代の高級車は、殆ど米國物で、デートン、ピアス、クリブランド、ウエスト等が人気物であつた。英國物はあまり喜ばれず、僅かにハンバー、スヰフトの名が出ていた位である。・・・

39頁
「春泥」第46号1934年5月1日発行
国会図書館所蔵

40頁

註、雑誌「春泥」は、昭和初期に東京の春泥社から刊行された総合文芸雑誌で、1930年(昭和5)3月の創刊から1937年(昭和12)12月の 全89号 で終刊した文学誌。  
内容は、小説・随筆・俳句・短歌・美術評などを収める総合文芸誌 。