自転車世界一周 - 11
「自転車世界一周」ジョン・フォスター・フレイザー著
1899年発行
註、『Round the World on a Wheel』(1899) は、 John Foster Fraser、 S. Edward Lunn、 F. H. Lowe の3人が、1896〜1898年にかけて世界一周を自転車で走破した記録。以下は日本旅行の部分、その11。
ペースメーカーのおかげで、時速16マイルで走った。古き良き奈良を出発し、2時間ちょっとで、古い街並みが広がる京都に到着した。
1868年、天皇が京都から新都の東京へ向かう際、先祖代々の装束を身にまとっていた。絹の衣をまとい、冠(立纓)は漆塗りの硬いものであった。数百人の神官たちが、俗人の目に触れないよう常に閉じられた金箔張りの鳳輦で移動した。周囲の武士たちは古風な鎧を身に着け、高く掲げた巨大な両手剣を携えていた。侍従たちは錦織の衣装をまとっていた。
10年後、天皇は京都に戻った。日本は文明を身にまとい、天皇は列車で旅をし、フロックコートと絹の帽子を身に着け、普通の人間のように歩き、宮殿へ行くときは、2頭の栗毛の馬に引かれた立派な馬車に乗っていた。このようにして日本は進歩したのである。
神々や龍、寺院の数は、他の場所で2週間かけて見た数よりも多い。
しかし、私たちの中に、神々について互いに熱狂する人はいなかった。神々に関しては、私たちはすっかり飽きてしまっていた。
書斎に神像を置くのは素晴らしいことである。それを寒山、鬼子母神、須佐之、六部天など、好きなように呼んで構わない。しかし、その名前を知らない確率は100分の1である。あなたの友人が知らない確率は100万分の1で、彼らはあなたが知っていると思っている。だからそれでいいのである。
神像には確かに利点がある。奥様は植物標本を吸取紙に押し付ける際の重石として使えるかもしれないし、1歳の息子は神像の耳をかじって歯が生えるのを助けることができるかもしれない。
最悪の場合でも、温室にあるいつものシダや白塗りの石の中にあっても、それほど悪くは見えないだろう。温室では、シャツの袖口を汚し、自分がアマチュア園芸家であるという心地よい錯覚の中で居られる。
私たちは何千もの京都の神像を見た。それらは面白くなく、あまりにも混雑していた。そして、混雑した神像は威厳に見えない。私たちは千手観音立像を祀る三十三間堂に行った。その建物はアールズ・コートの大劇場を思い出させた。そこには何千もの神々が、何段にも並んでいた。皆、高さ5フィート、金色で、皆同じよう並んでいる。これほど多くの神々が集まったことはかつてなかった。中央には、巨大な観音像が鎮座していた。

