2009年5月30日土曜日

中村春吉(10)

 明治35年2月22日、汽船丹波丸にて横浜を出向した中村春吉は、同年の3月15日に香港に到着しています。 
 香港在住の日本人である梅谷正人氏の世話になり、領事館などを訪ねています。領事館での話によるとオーストラリア政府は規則を変更して東洋人の上陸を禁じることになった由で、彼はオーストラリア行を諦めシンガポールへ向かうことになりました。

その後の消息は、明治35年5月16日頃にカルカッタに到着しています。

以上の記録は、雑誌「輪友」第6号及び第8号に載っています。

 押川春浪編述「中村春吉自転車世界無銭旅行」(明治42年8月14日博文館発行)には、明治35年2月27日下関着、3月3日上海着、3月8日香港着などとありますが、小説ゆえかそれとも記憶違いか、実際とは若干のずれがあるようです。
 自転車での走行の記録も極めて不鮮明です。印度まだは殆んど船での移動のように思われます。当時の治安や道路状況を考えれば、当然の結果なのでしょう。