日露戦争(1904-1905年)がまじかに迫ったこの時期、いままでレースやサイクリングが中心であった各自転車倶楽部も、次第に戦時色が濃くなり、この東京バイシクル倶楽部の面々も義勇隊を組織することになりました。
東京バイシクル倶楽部は、明治32年に結成され、東京上野の不忍池で春と秋に2回のレースを開催していました。優秀な選手を多数かかえていました。
2011年3月22日火曜日
新粧之佳人のダルマ自転車
昨日の安全型自転車のところで触れました単行本の挿絵は、上の画です。この画はどこかスティーブンスの影響を感じます。
トーマス・スティーブンスは、明治19年11月21日、船で長崎に来着しました。その後、長崎を11月23日に発ち、陸路東京へ向かってサイクリングを開始しています。
改進新聞が連載していた時期はちょうどスティーブンスが長崎に着いた頃で、まだスティーブンスの情報は少なかったはずです。単行本は翌年の5月に発行されていますので、自転車の挿絵といえば、まずスティーブンスの自転車が脳裏に浮かんだはずです。そこで、このようなダルマ自転車の石版画に変更されたと思われます。
トーマス・スティーブンスは、明治19年11月21日、船で長崎に来着しました。その後、長崎を11月23日に発ち、陸路東京へ向かってサイクリングを開始しています。
改進新聞が連載していた時期はちょうどスティーブンスが長崎に着いた頃で、まだスティーブンスの情報は少なかったはずです。単行本は翌年の5月に発行されていますので、自転車の挿絵といえば、まずスティーブンスの自転車が脳裏に浮かんだはずです。そこで、このようなダルマ自転車の石版画に変更されたと思われます。
ダルマ自転車展示
写真提供:茅ヶ崎市文化資料館
このダルマ自転車は、明治25年頃に国内で製作されたもので、以前は日米商店の創業者である岡崎久次郎家に保管されていたものです。その後、同資料館に寄贈されたと聞いています。
国内に現存するダルマ自転車は下記のとおりです。
(国産ダルマ型自転車の所在先リスト)
№1 江戸東京博物館 東京都墨田区横網1-4-1 計2台所蔵
№2 みどのや自転車店 静岡県藤枝市志太2-2-30
№3 関町民会館 三重県関町
№4 奥野健一 大阪府堺市
№5 茅ヶ崎市文化資料館 神奈川県茅ヶ崎市中海岸2-2-18
№6 ㈱昭和インダストリーズ 名古屋市西区菊井二丁目11番5号
№7 半田市郷土資料館 愛知県半田市 計3台所蔵
№8 口之津町歴史民俗資料館 南高来郡口之津町甲16-7
№9 加茂市民俗資料館 加茂市大字加茂229-1
№10 日本民俗資料館・松本市立博物館 長野県松本市
№11 三和自転車工業(株) 埼玉県蓮田市
№12 ヨシダ自転車製作所 東京都北区昭和町1丁目4-10 所蔵移転先不明
№13 石黒コレクション 東京都杉並区
№14 国立科学博物館 東京都台東区上野公園7-20
№15 法多山尊永寺 袋井市 所蔵移転先不明
№16 東 功一 福井県敦賀市
№17 神戸ランプ館 神戸市 計2台所蔵
№18 関西利工㈱ 大阪府堺市
№19 田原町民俗資料館 愛知県田原市田原町巴江11-1
№20 大垣城郷土博物館 岐阜県大垣市郭町2-52
№21 高橋 勇 大阪府
№22 シマノ自転車博物館 大阪府堺市堺区大仙中町165番6
№23 谷村四郎 滋賀県坂田郡
№24 北谷光義 近江八幡市
№25 自転車文化センター
№26 名取サイクルスポーツセンター
このリストは30年前に調査した資料をもとに作成しました。その後、移動が判明したものについては修正を加えています。
2011年3月21日月曜日
安全型自転車の挿絵
1886年(明治19年)11月20日付け改進新聞の連載小説「新粧之佳人」に安全型自転車の挿絵があります。
明治20年以前に日本国内で発行された印刷物で、安全型自転車が載っているのはたいへん珍しいことです。
安全型(セーフティー型)自転車の起源については、いろいろな説がありますが、一般的には1884年のローバー号であるといわれています。開発者は、イギリスのジェームス・スターレーの甥であるジョン・ケンプ・スターレー(1854-1901)です。ローバー号が量産されるようになるのは、1896年頃からなので、この挿絵の安全型自転車は極めて早いことになります。絵師が洋書か何かを見て描いたのでしょうか。
この連載小説は翌年の5月15日に「一顰一笑 新粧之佳人」須藤光暉(南翠外史)著で単行本として発行されましたが、残念ながらこの挿絵は掲載されませんでした。ダルマ型自転車の画が一枚載っているだけです。
この挿絵を描いたのは、橋本(揚州)周延 (はしもと ちかのぶ 1838~1912)です。彼は、当初、歌川国芳の門人でしたが、後に豊原国周門下になっています。鹿鳴館の官廷官女や大奥など美人画を得意としました。
資料提供:松島靖幸氏
なお、『新粧之佳人』は、グーグルの書籍検索から全文をダウンロードできます。
明治20年以前に日本国内で発行された印刷物で、安全型自転車が載っているのはたいへん珍しいことです。
安全型(セーフティー型)自転車の起源については、いろいろな説がありますが、一般的には1884年のローバー号であるといわれています。開発者は、イギリスのジェームス・スターレーの甥であるジョン・ケンプ・スターレー(1854-1901)です。ローバー号が量産されるようになるのは、1896年頃からなので、この挿絵の安全型自転車は極めて早いことになります。絵師が洋書か何かを見て描いたのでしょうか。
この連載小説は翌年の5月15日に「一顰一笑 新粧之佳人」須藤光暉(南翠外史)著で単行本として発行されましたが、残念ながらこの挿絵は掲載されませんでした。ダルマ型自転車の画が一枚載っているだけです。
この挿絵を描いたのは、橋本(揚州)周延 (はしもと ちかのぶ 1838~1912)です。彼は、当初、歌川国芳の門人でしたが、後に豊原国周門下になっています。鹿鳴館の官廷官女や大奥など美人画を得意としました。
資料提供:松島靖幸氏
なお、『新粧之佳人』は、グーグルの書籍検索から全文をダウンロードできます。
2011年3月20日日曜日
自転車世界一周旅行者
明治32年8月10日付けの東京日日新聞に次のような記事がありました。
〇世界一周の自転車乗り
ウイリル(Willy Schwiegershausen)及びグスタフ・コーゲル(Gustav Kogelのこと)という二人のドイツ人は、6月22日パリから自転車で世界一周の旅に出た。
今回の自転車世界一周旅行は第七回目になるが、これまでの英・米・ドイツ人たちの計画した自転車世界一周は、六回ともその目的を達成できなかった。
かつてレンツというドイツ人は、小亜細亜(地中海と黒海にはさまれた西アジアの半島地帯)のワン(バン又はヴァン)いう湖の近辺で現地人に殺害され、クノーリ(英名不明)というドイツ人はベルジュスタン(アフガニスタン、イラン、パキスタン地帯にあったバルチスタンの事か?)の原野にて、病気に冒されて死亡した。
今回の旅行者 Willyは新聞記者で、その旅行記事を各種の新聞に掲載する事を約束している。
彼の同行者 Kogelは、かつてサンフランシスコから歩いて世界一周する事を企画し、ニューヨークで金塊(賞金だと思う)を獲得した人物である。
二人とも体格が良く元気で、今回は無難に世界一周の目的を、必ず達成するという意気込みが感じられる。
旅の道順は、フランスから始まり、ドイツ南部に入り、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、トルコを経てバグダットに至り、これよりペルシャ、ベルジュスタン、アフガニスタン、インド、ミャンマー、タイ、中国を経て我が日本に渡り、更にアメリカを通過して、翌年のフランス大博覧会があるころパリに帰り着くはずの予定とのこと。
(以上は松島氏からの情報)
明治期の主な自転車世界一周旅行者を列記しますと
1886年(明治19年)アメリカのトーマス、スチヴェンス(Thomas Stevens 1854-1935)
1889年(明治22年)オーストラリアのバーストン George William Burston と ストークス Harry Stokes
1890年(明治23年)ドイツのファニー・ブロック・ワークマン Fanny Bullock Workman(1859-1925)、夫であるウィリアム・ハンター・ワークマン
1892年(明治25年)アメリカのフランク・レンズ( Frank G. Lenz 1867- 1894)
1892年(明治25年)アメリカのアレン Thomas G. Allen 及びサクトルベン William L. Sachtleben
1895年(明治28年)アメリカのロンドンデリー (Annie “Londonderry” Cohen Kopchovsky 1870-1947)
1895年(明治29年)ドイツのハインリッヒ・ホーストマン(Heinrich Horstmann)
1898年(明治31年)イギリスのジョン・フォスター・フレイザーJohn Foster Fraser、サミュエル・エドワード・ランSamuel Edward Lunn、フランシス・ハーバート・ローFrancis Herbert Loweの三人
1899年(明治32年)ドイツのウィリー・シュバイガースハウセン(Willy Schwiegershausen)及びグスタフ・コーゲル(Gustav Kogel)
1899年(明治32年)カナダのカール・クリールマン(Karl Creelman)
1902年(明治35年)広島県出身の中村春吉
〇世界一周の自転車乗り
ウイリル(Willy Schwiegershausen)及びグスタフ・コーゲル(Gustav Kogelのこと)という二人のドイツ人は、6月22日パリから自転車で世界一周の旅に出た。
今回の自転車世界一周旅行は第七回目になるが、これまでの英・米・ドイツ人たちの計画した自転車世界一周は、六回ともその目的を達成できなかった。
かつてレンツというドイツ人は、小亜細亜(地中海と黒海にはさまれた西アジアの半島地帯)のワン(バン又はヴァン)いう湖の近辺で現地人に殺害され、クノーリ(英名不明)というドイツ人はベルジュスタン(アフガニスタン、イラン、パキスタン地帯にあったバルチスタンの事か?)の原野にて、病気に冒されて死亡した。
今回の旅行者 Willyは新聞記者で、その旅行記事を各種の新聞に掲載する事を約束している。
彼の同行者 Kogelは、かつてサンフランシスコから歩いて世界一周する事を企画し、ニューヨークで金塊(賞金だと思う)を獲得した人物である。
二人とも体格が良く元気で、今回は無難に世界一周の目的を、必ず達成するという意気込みが感じられる。
旅の道順は、フランスから始まり、ドイツ南部に入り、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、トルコを経てバグダットに至り、これよりペルシャ、ベルジュスタン、アフガニスタン、インド、ミャンマー、タイ、中国を経て我が日本に渡り、更にアメリカを通過して、翌年のフランス大博覧会があるころパリに帰り着くはずの予定とのこと。
(以上は松島氏からの情報)
明治期の主な自転車世界一周旅行者を列記しますと
1886年(明治19年)アメリカのトーマス、スチヴェンス(Thomas Stevens 1854-1935)
1889年(明治22年)オーストラリアのバーストン George William Burston と ストークス Harry Stokes
1890年(明治23年)ドイツのファニー・ブロック・ワークマン Fanny Bullock Workman(1859-1925)、夫であるウィリアム・ハンター・ワークマン
1892年(明治25年)アメリカのフランク・レンズ( Frank G. Lenz 1867- 1894)
1892年(明治25年)アメリカのアレン Thomas G. Allen 及びサクトルベン William L. Sachtleben
1895年(明治28年)アメリカのロンドンデリー (Annie “Londonderry” Cohen Kopchovsky 1870-1947)
1895年(明治29年)ドイツのハインリッヒ・ホーストマン(Heinrich Horstmann)
1898年(明治31年)イギリスのジョン・フォスター・フレイザーJohn Foster Fraser、サミュエル・エドワード・ランSamuel Edward Lunn、フランシス・ハーバート・ローFrancis Herbert Loweの三人
1899年(明治32年)ドイツのウィリー・シュバイガースハウセン(Willy Schwiegershausen)及びグスタフ・コーゲル(Gustav Kogel)
1899年(明治32年)カナダのカール・クリールマン(Karl Creelman)
1902年(明治35年)広島県出身の中村春吉
呉市豊町に中村春吉の碑
今月の8日、中村春吉の生誕地である広島県呉市豊町に顕彰碑が建てられました。
この碑は、豊町の住民たちでつくる「重伝建を考える会」が、明治35年に自転車で世界一周を成し遂げた冒険家中村春吉の功績を広めるため、地元にある天満神社に建たものです。
写真提供:「重伝建を考える会」
「重伝建を考える会」は、平成6年9月に御手洗地区が重要伝統的建造物群保存地区(略して重伝建地区)に選定されたのを機に設立されました。
この碑は、豊町の住民たちでつくる「重伝建を考える会」が、明治35年に自転車で世界一周を成し遂げた冒険家中村春吉の功績を広めるため、地元にある天満神社に建たものです。
写真提供:「重伝建を考える会」
「重伝建を考える会」は、平成6年9月に御手洗地区が重要伝統的建造物群保存地区(略して重伝建地区)に選定されたのを機に設立されました。
2010年10月21日木曜日
中村春吉の故郷でサイクリングイベント ほか
◎第1回 安芸灘とびしま海道オレンジライド2010
中村春吉の故郷である広島県呉市で、12月5日(日)に開催されます。
中村春吉は明治4年に広島県豊田郡豊町御手洗(現、呉市)で生まれました。市内にある御手洗天満宮には彼の記念碑もあります。
サイクリングイベントの詳細は下記にあります。
http://tobishimaride.com/index.html
◎「坂の上の雲」と自転車
NHK総合で「坂の上の雲」の放送案内の番組として、各5分間、下記の日時に放送されます。この中で自転車文化センターの谷田貝学芸員により明治の女性サイクリストである女子嗜輪会について解説します。
放送日は次の通りです。
10月23日(土)午後4時25分~4時30分
11月26日(金)午後10時45分~10時50分
◎「明治時代に日本人が造った自転車」展
自転車文化センターでは、平成22年10月16日(土)~平成23年1月23日(日)に標記イベントを開催中です。
内容は、明治時代に自転車を造った日本人、特に竹内寅次郎、鈴木三元、梶野仁之助、宮田栄助の4人にスポットをあて、紹介しています。
その他、明治時代に製作された実物の自転車や動画による日本の自転車の歴史 、錦絵(複写)など関係資料の展示です。
中村春吉の故郷である広島県呉市で、12月5日(日)に開催されます。
中村春吉は明治4年に広島県豊田郡豊町御手洗(現、呉市)で生まれました。市内にある御手洗天満宮には彼の記念碑もあります。
サイクリングイベントの詳細は下記にあります。
http://tobishimaride.com/index.html
◎「坂の上の雲」と自転車
NHK総合で「坂の上の雲」の放送案内の番組として、各5分間、下記の日時に放送されます。この中で自転車文化センターの谷田貝学芸員により明治の女性サイクリストである女子嗜輪会について解説します。
放送日は次の通りです。
10月23日(土)午後4時25分~4時30分
11月26日(金)午後10時45分~10時50分
◎「明治時代に日本人が造った自転車」展
自転車文化センターでは、平成22年10月16日(土)~平成23年1月23日(日)に標記イベントを開催中です。
内容は、明治時代に自転車を造った日本人、特に竹内寅次郎、鈴木三元、梶野仁之助、宮田栄助の4人にスポットをあて、紹介しています。
その他、明治時代に製作された実物の自転車や動画による日本の自転車の歴史 、錦絵(複写)など関係資料の展示です。
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