2011年5月23日月曜日

万清(マンセイ)

 このブログで、すでに万清のことは書きましたが、一つ書きもらしていました。それは、「一外交官の見た明治維新」の下巻の方にも、万清の文字があったからです。
 次のようにあります。

私の食事は純日本式で、万清(マンセイ)という有名な料理屋から運ばせていた。もっとも、イギリスのビールだけは別だったが。
( アーネスト・サトウ著 『一外交官の見た明治維新』下巻 坂田精一訳 80頁)

 万清は、サトウの馴染みの料理店であったようです。
 2011年4月30日土曜日の当ブログ記事を参照してください。

2011年5月5日木曜日

ワーグマン

 神奈川県立博物館では、6月11日(土)~7月31日(日)での間、チャールズ・ワーグマン来日150周年記念として「ワーグマンが見た海 -洋の東西を結んだ画家-」を開催します。
 チャールズ・ワーグマンCharles Wirgman(1832-91)が来日してちょうど150年目にあたる今年、ワーグマンが見た幕末や明治などを、関連する作品や資料などをもとに紹介します。

2011年5月1日日曜日

ミショー型自転車

 これは石黒コレクションのミショー型自転車です。
 言い伝えによりますと、千葉県下の金持ちが、明治5~6年ごろに使っていたものとありますが、何処か疑問が残ります。
 はたして明治5年ごろにミショー型自転車が日本に渡来していたのでしょうか。いまのところそれを裏付ける具体的な客観性のある資料が、発見されていません。
 フランス製の自転車とも書いてありますが、一度細部を見たいものです。泥除けの位置が逆になっています。ハンドルの握り部分やサドルなどは損傷しているようです。はたしてフランス製なのかも疑問が残ります。ヘッド部分のデザインや前輪の上部にフットレストもありません。洗練されたミショーのイメージと比べると違和感があります。或いは、国産車かも知れません。その方が、価値がありそうです。

参考資料:図説 日本の歴史⑭ 「近代国家の展開」 昭和51年4月25日発行

2011年4月30日土曜日

万清

 最近、岩波文庫の「一外交官の見た明治維新」(上)アーネスト・サトウを読んでいましたら、次の記事が目にとまりました。

ここでは、数ヶ月の間全然日本食で過ごしたのだが、食事は、われわれの友人である薩摩の人々が繁く通っている、万清という料理屋から三度ずつ運ばせていた。(249頁)

 この万清(マンセイ)という料理屋は、チャールズ・ワーグマンのジャパン・パンチ(オープニング・オブ江戸 1869年)という画にある料理屋です。
 サトウは、このころイギリス公使館が横浜から高輪泉岳寺前に移転しますと、近くの門良院に二等書記官のアルジャーノン・ミットフォードと同居していました。
 サトウは、当時、ワーグマンとも親交がありました。

2011年4月29日金曜日

水上自転車-2

 元の絵は、どうやらこれのようです。
「RIDING HIGH」the story of the bicycle 1956年発行の133ページに載っていました。

水上自転車

 これも水陸両用自転車のようです。(此自転車が陸行に用ゆべきは勿論なり)と書いてありますが、陸上での走行はどうみても非効率です。水上専用車と言ってよいでしょう。
 明治16年(1883)に特許を得たともあります。

2011年4月28日木曜日

水陸両用自転車-2

 これが、「小国民」の元ネタでしょうか。
 1892年(明治25)10月8日発行の「サイエンティフック・アメリカン」誌にありました。
 ソア・J・オルセンが考案した水陸両用自転車です。