2023年3月1日水曜日

スターの続き -31

 スターの続き -31

これも「スミスビル」の続き、

「スミスビル」デニス・マクドナルド著 2019年発行

「Smithville」 by Dennis McDonald 2019.


97頁

(右上の図)
H.B. スミス・マシン・カンパニーは常に人気のサイクリング雑誌などにスター自転車の広告を載せていた。

1889年11月の自転車世界とL.A.W.に米国内で開催されたレースで勝利したことをフルページで掲載。
(資料:著者のコレクション)


(下の図)
1889年までに、アメリカン・スター自転車は、全国のサイクリング競技とアメリカ文化の一つの要因となった

その時代のシガーボックスラベルには、2台のハイ・ホイール・バイシクルとのレースを表している。オーディナリー自転車とアメリカン・スター(右)。

シガーボックスラベルは、あるブランドを他のブランドと区別し、スポーツ、エンターテイメント、またはその日のニュースを宣伝するために利用された。
(資料提供:デビッド・ビーチ)

2023年2月28日火曜日

スターの続き -30

 スターの続き -30

これも「スミスビル」の続き、

「スミスビル」デニス・マクドナルド著 2019年発行

「Smithville」 by Dennis McDonald 2019.

96頁

最も有名なスター自転車の写真はワシントン DC で撮影されたもので、1884 年にキャピタル・バイシクル・クラブのウィリアム・ロバートソンがスターに乗って国会議事堂の階段を下りているところを撮っている。
背景にはスターを持ったライダーのレックス・スミスもいる。
スターの発明者の息子であるバート・プレッシーを含む多くのサイクリストがこの階段を下りた。
ライダーたちは、警察に逮捕されるのを避けるために、早朝に国会議事堂の階段にこっそり忍び込まなければならなかった。 
H. B. スミス・マシン・カンパニーは、自転車の安全面を促進するために、これらのライダーの一部に報酬の支払いをした。逮捕されても、アメリカン・スターの注目と宣伝を会社にもたらした。
(資料提供:米国議会図書館)

註、今月はヤフオクのアメリカン・スターから始まり、月末もスターで終わる。
何故、スターか?アメリカの黎明期の自転車産業に於いて、コロンビアのオーディナリー自転車とこのスターは重要と思われるからである。
スターは革新的な形状であり、その駆動方式もユニークである。
残念ながら当時このスターが日本に渡来したという事実はいまのところ確認していない。
トーマス・スティーブンスがコロンビア製のオーディナリーに乗って、やっと日本に現れたのが1886年(明治19年)のことである。
このころから日本の自転車の歴史が始まったと云っても過言ではない。

2023年2月27日月曜日

スターの続き -29

 スターの続き -29

これも「スミスビル」の続き、

「スミスビル」デニス・マクドナルド著 2019年発行

「Smithville」 by Dennis McDonald 2019.

95頁

これは、チャールズ W. ネイサン作曲の「スター自転車 ギャロップ」の表紙です。
1882 年にニューヨークのスピア & デンホフ社から出版された。
ギャロップは 19 世紀後半に人気のあった社交ダンスで、ポルカの前身だった。
1800 年代には、自転車を題材にした400 を超える歌が書かれた。
自転車は交通手段や大衆文化に大きな影響を与え、ハイホイール自転車はトレンドの最前線にあった。 (著者のコレクション)

2023年2月26日日曜日

スターの続き -28

 スターの続き -28

これも「スミスビル」の続き、

「スミスビル」デニス・マクドナルド著 2019年発行

「Smithville」 by Dennis McDonald 2019.

92頁

H.B. スミス・マシン・カンパニーは、工場の外に 11分の1 マイルの楕円形のトラック・コースを建設し、アメリカン・スター自転車をテストし改良を加えていった。
上の写真は 1880年代のもので、急なバンクカーブと手すりのある競輪場を示している。 トラックは工場の建物とランコカス・クリークの間にあった。
下の理想的な図は、1889年の会社のレターヘッドからのもので、使用中のテスト・トラックが描かれている。
スターの自転車を購入する従業員には 50%の割引が適用された。多くの従業員と幹部は、スターで熟達したライダーの競争相手となった。
 (資料提供:バーリントン郡選出自由保有者委員会/公園部門)

2023年2月25日土曜日

スターの続き -27

 スターの続き -27

昨日、またフェイスブックにアメリカン・スター等の写真がアップされた。

投稿者は前回と同様、キース・パリアーニ(Keith Pariani)さんで、現在、フロリダ州にあるライトナー博物館で彼のコレクションを展示中。

前回の投稿写真は →こちら

ライトナー博物館
The Lightner Museum

スターの続き -26

 スターの続き -26

これも「スミスビル」の続き、

「スミスビル」デニス・マクドナルド著 2019年発行

「Smithville」 by Dennis McDonald 2019.

91頁


1880年、発明者のジョージ・ワシントン・プレッシーは、ヴェロシペードの 2つのデザイン (No. 233,640 と No. 234,722) の特許を米国特許庁で取得した。
彼は、当時最も人気のあった自転車であるコロンビア・ハイホイール自転車のメーカーであるポープ・マニュファクチャリング社と直接競合していた。 アルバート・A. ポープ大佐と彼の会社は、自転車の特許のほとんどを管理していした。
プレッシーのヴェロシペードの特許は、ポープの特許を回避し、小さなステアリングホイールを前にして安定させ、ペダルの代わりに足踏みとラチェット・システムで駆動する自転車にした。
アメリカン・スター自転車のネーミングは、スポークのダブル・スター・パターンに由来する。
(資料提供:右、ハモントン歴史協会 、下は米国特許商標庁)

2023年2月24日金曜日

スターの続き -25

 スターの続き -25

これも「スミスビル」の続き、

「スミスビル」デニス・マクドナルド著 2019年発行

「Smithville」 by Dennis McDonald 2019.

90頁

1880年10月16日、サウス・ジャージー共和党の新聞は、10月20日水曜日のハモントン・フェアでアメリカン・スター自転車とコロンビア自転車の最初のレースを宣伝した。
同紙はまた、プレッシーの元の特許から大幅に改良されたアメリカン・スター自転車のイラストを加えた記事も掲載した。
広告では、スターがコロンビアよりも14の改良点の特許を取得したことを主張している。
スターとコロンビアの間で行われた 3つのレースでは、スターが すべてに勝利した。
アメリカン・スターの自転車とコロンビアの自転車は、全国の大きなレースで再び対戦することになる。
(この資料は、アトランティック・カウンティ図書館システムによる、Atlantic County Library System)