厚生車
「空ゆく少年」岩本喜一 著 帝国図書 昭和19年9月20日発行に「厚生車」が出てくる話があった。216頁に
八、航空隊見学(その二)
厚生車に乗って
翌朝。
四時半に起された。顔は洗ったが、あまりに早いからといふので、何も食べなかった。勘定をすませて、お茶を飲んでいるところへ、
「厚生車がまいりました」と、女中さんの眠そうな聲がした。
「こうせいしゃって何ですか一」
「こうせいしゃって何ですか一」
と、叔父さんに聞くと、
「ほら、人力車をつけた自轉車があるだらう。あれさ。昨夜頼んでおいたのだ。航空隊までは厚生車で四十分かかる。今から行って、ようやく間に合ふだらう」
女中さんにおくられて、玄関に出て見ると、三人の青年が、それぞれ厚生車をもって待っていた。
僕たちはすぐ乗った。
「五時までに土浦航空隊へ行くんだ。そのつもりでやってくれ」
厚生事は朝霧につつまれた道路を、一さんに走った。陽はとおい湖水の向こう岸に黄色く顔を出していた。風が涼しい。昨日と同じ道路が、今朝はまるでちがったような氣がする。五時十分前に衛門をくぐった。本部の前には、もう小山中尉が待っておられた。・・・
僕たちはすぐ乗った。
「五時までに土浦航空隊へ行くんだ。そのつもりでやってくれ」
厚生事は朝霧につつまれた道路を、一さんに走った。陽はとおい湖水の向こう岸に黄色く顔を出していた。風が涼しい。昨日と同じ道路が、今朝はまるでちがったような氣がする。五時十分前に衛門をくぐった。本部の前には、もう小山中尉が待っておられた。・・・
下の写真は更生車である。
しゃがんでいる草履履きの人物が車夫のようだ。立っている人はお客か、それともこのタクシー会社の社長さんだろう。
この更生車は自転車に牽引されているものではなく、一体型の三輪車である。(尾津組の輪タクを参照)
厚生タクシー
「写真記録・昭和の信州」信濃毎日新聞社
1989年12月1日発行