自転車関係資料-91
この資料は、「サイクル」第110号 1962年8月号より。
今野 仁氏及び梶原利夫氏の投稿記事である。(興味深いのでこの記事の全文を紹介)
今野 仁(こんの ひとし)昭和15年11月6日-元自転車競技選手、今野製作所(CHERUBIM・ケルビム)フレーム製作。
梶原利夫(かじわら としお) 元、エバレスト( 土屋製作所 1966-1984)でフレーム製作、後に独立し梶原製作所を起業。産業遺産学会評議員。
レース用部品の試作
ハンドルバーステムとトラックレーサー用フォークエンド
今野 仁・梶原利夫
外国のカタログや雑誌等を見ると、スマートな部品や、レーサーが出ています。又国産の部品では使って見て満足出来ないものもあります。幸い私達二人は熔接工ですので、自作出来そうなものから作って見る事にしました。
その手始めに作ったのがこのステムとトラックエンドです。市販のステムの突出しの長いものは、肉が薄いせいか、力一杯ねじるとフワフワするし、転倒すると、曲がってしまう事があります。そうかと云って天返しの鉄のカタマリの様なステムも使う気になれません。そこで突出し部の肉を厚くして、剛性をもたせたステムを作りました。このステムは、実際のレースに、数回使用したもので、その結果、大体満足出来るものです。エンドの方はまだ組んでいませんが、良い結果が得られると思います。このようなものを自分で作る事はとても楽しい事で、市販するものでは、採算の合わないような、細かい細工でも自分の満足出来る様に作れます。工作は主に有楽町の電気研究所開放試作室で行いました。この開放試作室は、材料さえ持って行けばあらゆる工作機械を、安価に貸してくれます。私達のように工具を持たない者でも、このような場所を利用して、独創的で優秀な製品を作る事が出来ると思います。
この記事が皆さんの参考になれば幸いと思い、発表しました。
①アーク溶接によるイクステンションステム
材料-STK30 外径21.7mm、内厚 2.6mm、及び外径22.2mm、肉厚 1.8mm のパイプ、土屋製クランプ、神戸製鋼所製熔接棒B17,TB24, 2.6mm 径のもの五本づつ使いました。
図を見れば、大体分ると思いますが、クランプは旋盤で削り、突出しのパイプの中へ、挿入しました。クランプは、鍛鋼製で肉が厚く、肉の薄いパイプとの接合は、ガス溶接やロー接では、困難です。
このような接合には、アーク熔接が最も適しています。現在アーク溶接は、あらゆる工業分野に応用されて居り、その接合部は、非常に優秀で、普通鋼では、母材より優れた接合部が、容易に得られます。又このステムの様に、鍛鋼と圧延鋼、あるいは鋳鋼と圧延鋼という構成も、それぞれの長所を発揮出来るので、溶接技術の発達により、あらゆる方面に採用される様になりました。鍛鋼と圧延鋼をアーク熔接で接合したステムは、前例がないと思います。良し悪しは、ともかくとして、この様な試みも、自作だから出来る事です。
アーク熔接の場合、非常な高熱が局所に集中するので、熔接性が問題になりますが、炭素その他の合金成分の少ない軟鋼なので全く問題ありません。その他の工作は、大体常識的なもので特筆する事はありません。
②ロー接によるイクステンションステム
材料―前記のものと同じパイプ、日東クランプ、TSA 440 銀鑞。このステムは、フィリップスのステムと類似の構造としました。
この形式のステムは、クランプとイクステンションパイプのロー接面積が大きくこの点から見ると、強度的に優れています。このステムのポイントは、やはり、熔接の方法とロー材の優秀な機械的性質で、ステムの出来不出来はこの点に左右されます。熱影響及びローの流れ等の点から、低温銀ローを使用しました。ロー接部の形状は、強度を考え、アールに溶接して、溶接寸法を充分にとりました。重量から見ると前記のステムと同じパイプを使用したのですが構造上大分軽く出来ました。
③トラックエンド
材料ー本体SS41肉厚 4.5mm 補強板 SPC3.2mm の鋼板、真ちゅうロー。レース用トラックエンドは一部を除いて、あまり良いものがない様で、何回もホイールを取外している内に開いてしまったり、ちょっとの衝げきで曲がってしまったりする事があります。爪が良くなければ、良いフレームも何にもなりません。そこで外国製のエンドと同様の精度の高いものを作って見ました。4.5ミリの板を切り、補強板をロー接したのですが、このロー接はフレームヘロー接する際にはがれぬように1ミリのピン2本でカシメて融点の高い真ちゅうローを使用しました。鋼板なので圧延方向も考えなければまずいのですが、眼で見ただけでは解からないので板取は取易い様に取りました。溶接歪は、特に注意し、ボールトで固定歪を抑制してロー接しました。
結び
説明が不充分で解かりにくいと思いますが細かい所まで説明すると専門的になり、きりがないので大体概略を説明するだけにしました。この他にも二、三自作したものがありますが、何の故障も起らず役にたっています。自転車は乗るだけでなく、機械として見ても非常に興味があります。これからも良いアイディアが浮んだら何でも作ろうと思います。
皆さんの中でも私達のように自転車の改造や新らしい部品を作る事に興味を持っている人は、私達と一緒に考えましょう。私達で役立つ事なら、どんな事でもお手伝いしたいと思います。この試作品について皆さんの御批判をいただければ幸いです。
編集部から
このようなレース用の自転車部品の試作は、実験としてもなかなか面白いものです。
問題は、単なる工夫や細工に終らせずに、なにか科学的なデーターを出すような試みが、更に出れば意味のあるものになるでしょう。
読者の皆さんのアイデア又は実験がありましたら、どんなものでも結構です。編集部までお知らせ下さい。尚、この稿についての質疑も遠慮なくお聞かせ下さい。
註、図と写真については一番下の本誌(42頁、43頁)を参照願いたい。