スティーブンスの新聞記事
この程、長崎から横浜までをダルマ自転車で走破したエリック・ナイトさんとマーク・ケネディさんは、下記の記事を彼らのHPに掲載した。
横浜に住むイギリス人の友人が、古い新聞記事でトーマス・スティーブンスに関する記述を見つけた(添付写真参照)。しかし、私たちは、報告されている走行ペースには少々懐疑的である。この報告によると、彼は私たちが動いているよりずっと速く移動しなければならなかったはずだ。それに、スティーブンスが京都観光にもっと時間をかけなかったわけがない。もしかしたら、彼は荷物を運ぶためにアシスタント(ポーター)を雇っていたのかもしれない。もしかしたら、トーマス・スティーブンスは毎日12時間以上走り続けたのかもしれない。いずれにせよ、1886年の道路事情を考えると、彼の旅のスピードが気になるところだ。どう思う?(マーク・ケネディ 記)
1886年12月17日(金)付け
The Japan Gazette
スティーブンス氏は今朝横浜に到着し、発信メールによるとサンフランシスコに向けて出発する予定である。自転車に関する限り彼の冒険的ツアーは終了したとみなされるかもしれない。
9日に神戸を出発し、金曜日(1886年12月10日、明治19年)まで大阪に滞在し、その日のうちに京都に向かった。
土曜の朝に京都を出て夕方、関の下、日曜に宮、月曜に浜松、そして日中に岡部に到着。
火曜日、水曜日は三島、木曜日は戸塚、そして今朝(1886年12月17日、金曜日)は横浜10時である。