これは雑誌「小国民」明治27年5月15日発行第6年10号にある挿絵です。
解説文には次のように書いてあります。
自転車
都下の自転車流行熱は、日一日より甚し。大通りより小路小路に至るまで自転車貸を業とするもの多く、生徒も丁稚もおとなも、膝頭あらわにガラガラ然たり。夜間は、小提灯を腰又は背に挟み、更に一層の繁昌を見る。損金1時間2銭5厘~3銭なり。
この時期、自家用の自転車を所有しているのは一部の富裕層に過ぎませんでした。殆どの一般庶民は、このような貸し自転車を利用して遊びました。三輪車に乗る者は初心者で、慣れてくると二輪車に挑戦しました。この絵の二輪車は一見しますと、ミショー型に見えますが、区分としてはダルマ型になります。前輪のサイズが日本人向けに小さく作られています。もちろん国産車でした。