自転車関係資料 - 274
下の資料は、
「実業の世界」 10巻21号、大正2年10月31日号より
梶野を筆頭に金輪社、高木喬盛館などの老舗が見える。
大正2年のこの時期は既に梶野仁之助は高島町の経営から離れている。仁之助の甥である支配人の松本次郎吉も、既にこの店を辞めている。
そして3年後の1916年(大正5)には、 高島町の店は閉鎖し売却された。
この広告には自転車及び附属品商 梶野商店 横浜市高島町
とあり、自転車の製造は行われておらず、通常の自転車販売店に変わっている。
自転車店の広告
国会図書館所蔵資料
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