2026年1月10日土曜日

自轉車 第13号 - 3

 自轉車 第13号 - 3

雑誌「自轉車」 第13号 快進社 明治34年8月5日発行

以下は拾い読み、

世界周遊の輪容を訪ふ

半山生

七月五日の午後一時であつた。江南鎗太郎氏は拙寓を訪はれて、是から世界周遊の輪客を訪問しやうではないか、梅津元晴氏も同伴の筈にて、既に山崎商店へ向はれて君を待つて居るとの事である。ソハ固より願ふ所、是非に御供申さんと、直ちに車を命して江南氏と共に京橋區八官町の山崎粲氏方へ駆け付くれば、梅津氏既に在りて余等を待ちつつあつた。山崎氏に様子を聞けば、今しがた二六新報記者岡田氏と昼飯を取るに行きたれば、追っ付け此處へ見へるであらう。先つ暫く待たれよとの事で、夫れから山崎氏よりいろいろな話を聞きつつ、凡そ小一時間も待つて居ると、年は二十七歳だと云へど、三十四、五歳にも見ゆる中肉中脊の、身に粗服を纏いて、而して幾歳月間他郷の日光に照され、幾多の辛酸を甞め來ったと云ふを、其ふけたる顔に證據立てたる一洋人の腕車を下りてツイト入り来るを一見して直ちに氏は余等の訪はんとする獨逸人マックス、シューフラー氏なるとを了解するとを得たので、席を離れて敬意を表すると、山崎氏の紹介に依りて余等の來意を知り、其褐色の顔に深き愛嬌を湛へて、恰も故舊にでも接するかの如き親しき体度を以て、余等と握手の禮を取られた。獨逸語を能くせらるる江南氏の通辯に依て、東京へ来て如何なる事を第一に感じられたかの問いに答えて、未だ横濱より東京へ来たばかりで、一向何等の考も起らねど、日本人の親切心に富むには實に感服の外なしと、一番愛嬌を振りまき、自分は伯林大學に於て英語を五年間程習ひしも、長く使用せざるを以て今は能くするを得ず。偶々獨逸語を以て對話するを得るときは一種の愉快を感ずると、強ち江南氏に・・・


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