2026年9月11日金曜日

自轉車長途旅行

 自轉車長途旅行
久保鐵輪

近來自轉車の流行は、日に月に、非常なる勢である。八百八街と、昔より言傳へられたる、武藏野の此大市街、今は中々八百八町どころでない、此競爭大舞臺、至る所ベルの音を聞かざるはなし、此有様で、推行けば、爰十年もたてば、病人老者は、いざ知らず、苟も脛腰の、たつものは、皆斯界の友となり、腕車は變じて、自轉車となるだろう、時は是金なりとは、何人も知る、此タィムとマネーの經濟となり、おまけに、体育と快樂とを兼ねたる此自轉車を措て、彼の寒き日に、五體を包み、暑き日に、毋衣を掛け、自動し得ない、腕車の中に、鼻うごめかして、唯我獨尊を、気取る輩は、餘り感心の出がないことである。希くば自動的に活動してもらいたい。我輸友の常として、其操法の、熟するにつけて、近きは、上野公園、向 島、芝公園、遠きは、大森、川崎、横濱、大宮公園、千葉、鎌倉などなど、段々に遠乗して、我腕前は、如何にと試すが、先十友同一の、遣方であるが、其間の快楽は、中々言語や、筆紙に盡されね程の、ものであろうと思ふ、其度毎に、初は弱かりし體力も、自然遠きに、耐へらるる様になり乘方も次第に、巧者になり、鞍上人なく、鞍下車なし、と云ふ程になる、夫等につれて、高からぬ鼻も、俄造に、高くなり、岩谷天狗の鼻でさへ、迚も、追付どころのさわぎでない、・・・

23頁
自轉車 第36号
明治36年11月28日発行 快進社