古い絵葉書-21
この絵葉書は生目神社(いくめ・いきめ)である。2022年2月13日日曜日
自転車関係資料-79
自転車関係資料-79
この資料は月刊雑誌の「旅とサイクリスト」1969年9月号である。
数々の名選手を生み、東北開発促進の先兵となった歴史をもち、日本最大の規模を誇るレースで、東北六県出身の若人たちが月おくれのお盆で賑わうみちのく路に覇をきそったが、後半たくみな追い上げで逆転をねらった福島Aチームの大たんな作戦が功を奏して、所要時間41時間17分19秒4(平均時速32、115キロ)で二年連続優勝に輝いた。11区まで首位をリードしていた岩手Aチームは、福島Aチームの後半の激しい追い込にあい、目前の優勝を逸した。
なお、今年も大会使用車はブリヂストンの四段変速機付きスポーツ車が採用された。
順位チーム所要時間
1区125.5Km 2区138.5Km 3区113.7Km 4区115・4Km 5区86.7Km
(仙台一気仙沼) (気仙沼一盛岡) (盛岡一八戸) (八戸一青森) (青森一大館)
優勝 福島Aチーム 41時間17分19秒4
No. ⑤
アラスカから
Haines Alaska に6月16日に上陸をしまして、東北大学の山岳隊の一行の皆さんと、楽しく過させていただき 1,000余りの Alaska High-way に向い、マイル「0」の Dawson Creek に7月5日に着きました。アラスカハイウエイの最高地 (4,154フィート)では、砂煙の吹き荒れる中を、自転車を押しながら、そして泣きながら………。
真夏とは言うものの、雨が降れば寝袋の中でも、ふるえるぐらいで、ガソリンスタンドの横で寝ていたら、熊がでてきたこともありましたが、やっと下界に降りたという思いです。現在 Edmonton の少し手前におりますが毎日平均60マイルで走っています。でも一番泣かされるのは雨雲で、アッと思うまにズブ濡れ、でも道路状況はよくて、天気で追風でもあれば、90~100マイル は走れそうです。今ナショナルのサイクルメーターの指針は7,200キロを指しています OTTAWA まで2,000マイル余りですので頑張って走ります。
皆さんによろしく。
(昨年の8月、世界一周自転車旅行に出発した大和高田市の池本元光君からの丸1ヶ年振りになる元気な通信です)
現在、当タカハシより出発している海外(1ヶ年以上の計画で)の自転車旅行をしている青年は10人です。皆元気で楽しく、青春最大のバカンスを味ってくれているようです。
”出発前に自転車工場で3日間実習を受けたことや、色々教えて貰ったことが、こんなに役立つとはほんとうに予想もしませんでした”と遠く離れた異国からの便りが到着するたびに 「よかったね」そんなサイクリングのお役に立つ店、そして国内旅行にはC.F.Sのチェーン店や各連絡所をご紹介.
そんな「サイクリングにお役に立つ店」お気軽にサイクリングのご相談にどうぞ!
ナショナル・サイクリングセンター タカハシ
2022年2月12日土曜日
自転車関係資料-78
自転車関係資料-78
この資料は月刊雑誌の「旅とサイクリスト」1966年11月号である。この号にある1966年世界選手権の記事を見ると、
世界のサイクル・レースマンが力をきそう世界選手権大会は、本年は西ドイツで8月26日より開催された。
日本も杉原鏘一郎氏を監督に、藤倉、阿倍、中原がロードに、永野、中谷、今村がピストに出場したが、その話は別項の杉原氏の講習要旨を参照下さい。
ロードは8月27日 ニューブルリングの一周22.81㎞ のサーキットで行われたが、ほとんどが急坂の連続で、44×26で登り、下りは53×11といったワイドレシオのギャで走り、フロント 3段というのが常識とされていたという。
ピストはフランクフルトの一周400米のピストで、今村満選手は自己の持つ2番のタイムで16位にとどまった。
現在、日本のアマチュア自転車競技においてはオリンピックを目指して最後まで頑張るという様な選手が少ないのが一つの隘路になっており、これでは仲々メダルを獲得する事は出来ないのです。
この席にも、長い間私達と一諸に強化合宿に参加された人達もおられますが、残念ながらまだ脚力の力はあまり強くなっていません。日本国内ではどうやら一流の仲間に入ることが出来るのですが、これを世界のレベルと比べると、まず子供と大人というな感じがするわけです。
特にロードレースにおいては世界のレベルは非常に高く、日本の自転車競技も長い歴史があるのですが、ロードレースでは今までいわゆるロードマンとしてこの選手ならと思えるのは、過去においてまず東京大会に出場したO氏を除いて外にないと私は思っています。日本では彼以外にロードマンは一人も現われていないと言いきれます。勿論、この席におられる人達の中にも、また大学生の中にも最近安定した力を出している人達もありますか、それで世界的な競走に参加しますと全然問題にならない。
先程のO君にしても最初にオランダの世界選手権大会に連れて行って以来、まあどうやら外国の選手と肩を並べて競走出来る様になるまでは四、五年の日数を要しているわけです。
8月27日 西ドイツ 22.8K×8周の182.48Km
①EVERT DOLMA エバート・ドルマン (オランダ)
②WEST (イギリス)
③SKIBBY(デンマーク)
④KEGEL(ポーランド)
⑤G.PETTERSSON(スエーデン) Gösta Pettersson
⑥U.NESTE (ベルギー)
⑦PISAURI (イタリー)
⑧RITTER(デンマーク)
⑨EXNER (西ドイツ)
⑩DUBEIS (オランダ)
日本の藤倉、阿倍は5周め中原は3周目で追いつかれて失格。
アマ団体ロード
①デンマーク
④フランス
⑦東独
⑧チェコ
⑩ポーランド
日本は出場せず。
2022年2月11日金曜日
バックナンバー 123
バックナンバー 123
ニュースレター(NEWSLETTER)NO.123
2002年11月18日作成 日本自転車史研究会
●古物商店頭のオーディナリー毎日の通勤に利用する道路沿いに古物商があるが、その店頭に以前からオーディナリーが置いてある。このオーディナリーは、店の売り物で価格は25万円とある。風雨にさらされていて、何時もここを通る度に気になって見ている。これは本物か?
(Т氏からのEメール)
①写真だけでは判別できないが、状態が良い。
●WEB・バイクナビ
同サイトに「バイシクルリレーエッセイ」という欄があり、通勤自転車の利用者からプロ・ライダーまで、自転車に関わる様々な人が寄稿している。一読をお薦めする。
バイクナビ https://bikenavi.net/index.html
●ヤマハ・ハイブリッドコミューター
ヤマハ発動機は、ガソリンエンジンと電気モーターを併用するハイブリッド式自動二輪車を開発。ガソリン1リットル当り250キロ以上走行という驚異的な燃費を達成した。全長185センチ、高さ113センチで、外観は自転車のように見える。
(平成14年8月30日付け神奈川新聞より)
●自転車文化センター移転
東京・赤坂の自転車文化センターは、11月1日をもって、北ノ丸の科学技術館へ全面的に移転した。
●オール輪界
深谷市のサイクルショップ・コンドーから昭和10年1月発行の月刊雑誌「オール輪界」のコピーを入手。
●自転車のある郵便局風景印
東京:狭山相原、小平駅前、村山、武蔵村山中原、東大和芋窪
神奈川:小田原鴨宮
大阪:堺鉄鋼ビル内
群馬:布施
福井:湯尾
千葉:土気
山形:糖野目
岩手:鵜佳居
青森:八戸湊高台
北海道:函館人見、東札幌、白石南郷、十八
大分:平田、津民、下郷羅漢寺
兵庫:上甲子園
広島:八千代
岡山:辛川
三重:滝原、七保
以上、25郵便局
(資料提供:名古屋・八神史郎氏)
●国際サイクル歴史会議
第14回国際自転車歴史会議がオーストラリアのキャンベラで、来年の2月24日~26日まで開催される。
連絡先: Annemarie Driver,Organiser
14th International Cycle History Conference Canberra, Australia 24th -26th February 2003
Annemarie@CanberraBicycleMuseum.Info
●SYOWA自転車組合の自転車
私は、1975-76年に沖縄にいました。そこで日本製の10段切替の自転車を購入しました。この自転車の名前はサンフレッシュと言い、付いているマークをみるとSYOWA自転車組合とあります。
私は今もこの自転車に毎日乗っています。そこで、この自転車の製造年等何かわかりましたらお知らせください。私がそれを買った店は、Futema基地の近くです。
(ジョン・ウイリアムズ氏からのEメール)
編集者注:会員諸兄のなかで、この自転車について心あたりがありましたら、事務局までご一報ください。
●DnB ポータブル自転車
私は、2年前に特徴ある自転車を1台購入しました。それは「D n B」と言う折畳式の自転車です。 私は、その自転車を友人に見せました。彼らは多分その自転車は1960年代に日本で作られた自転車だと言っていました。デザインは洗練されたヨーロピアン・スタイルで、とても気に入っています。この自転車について何かわかりましたらご連絡ください。
(デイブさんからのEメール)
編集者注:この折畳自転車は大日本自転車工業の製造と思われます。恐らく当時輸出用に製造された自転車でしょう。現在引き続き調査中。
●Rising Sun Cycle Club
私は現在日本の大学院で勉強しています。修士論文に、日本の自転車歴史をテーマにしたいと考えています。 そこで質問があります。
1. 徳川慶喜以外の有名人で、誰か自転車に乗った人はいないか?
2. 自転車流行の影響で、日本人の服装は変わりましたか?明治維新で変っただけか?
3.どこに人力車の統計がありますか?
分かりましたら教えてください。
ひとつの面白い記事を見つけました。アメリカに日本人のサイクルクラブがあったらしいのです。クラブ名はRising Sun Cycle Clubと言います。詳しいことは分からないですが、1890年代にニューヨークに本部があったようです。
Rising Sun Cycle Clubに関する出典はMerry Wheels and Spokes of Steelです。著者のRobert A. Smith氏は、今年の8月に87歳で亡くなりました。
(A・ウイリアムズ氏からのEメール)
●Xtraordinaryについて
私は、Xtraのカタログ、写真などを収集しています。そして、約30項目の Xtraリストをまとめました。さらにまだ、次の年代の資料を探しています。それは、1883、1884、1885、1887、1888及び1889年です。協力お願いします。
(Caery・ウイリアムズ氏からのEメール)
●タカラのハイエンド自転車フレーム
私は、タカラのロードレーサーを購入しました。この自転車は、1990年に、ある自転車競技チームが実際に使用したものです。パーツは、Suntour Superbeコンポです。購入価格は、800USドルでした。この自転車のフレームの品質はどの程度でしょうか?
1)3Renshoに使用されているフレームと同じくらい品質ですか?
2) それらはまだ日本で作られていますか?
(スコットさんからのEメール)
●ルフェーブルの自転車
1842年、アレクサンドル・ルフェーブルにより考案されたペダル駆動の自転車研究について(概要)。
この研究の始まりは、アンドリュー・リッチー氏の著書である一連の自転車歴史関係の記事が発端になっている。その本には歴史の概観とユニークな自転車の記述があった。(「サンノゼの隠れ場所」Bike World Magazine, 1975)
その記事の中に、サンフランシスコのアレクサンドル・ルフェーブル が製作した初期の自転車がある。彼は故郷であるフランスのセントデニスでその「奇妙な乗り物」を1843年に考案し、その後1861年にアメリカに移住した。機械工であった彼は移住先のカリフォルニアで錠前屋として働いた。
彼はベイ・エリアに住んでいる顧客のために自転車を製造した。ルフェーブルについては当時の3誌の新聞に彼が故郷フランスで自転車を考案した記録が残っている。
この自転車のユニークな特徴は、ライダーが足で垂直に一対のペダルを踏み、後輪の車軸に接続されたクランクで推進する仕組みになっている。この形式はちょうど蒸気機関車の伝達方法と同じである。この機構は後(1866-1868)のマクミランとダルゼルの自転車と対比されるが、これらの自転車は足をほぼ水平に前へ踏み出す方式で、そのペダルは前輪の車軸に固定されている。
その後、自転車のペダルはピエール・ミショー(1868年特許取得)とピエール・ラルマン(米国で1866年に特許取得)により直接前輪の車軸にクランクを介して据え付ける方式となる。
ルフェーブルと同様なペダルとレバー式構造の自転車の状況については、1838年にスコットランドのDumfries近くでカークパトリック・マクミランにより製作されたとされるが、それを裏付ける決定的な証拠資料がない。最近ではこの説は否定的でさえある。
マクミラン型の自転車は現在2台のレプリカが存在する。一つはギャビン・ダルゼルの自転車でグラスゴーの博物館に、もう一つはトーマス・マック・コールの自転車で、ロンドンの科学博物館にある。
ルフェーブルのシステムが下垂直力によってペダルに動かすのに対して、マクミラン/ダルゼル/マッコールはそれとは異なり、レバーシステムを使い前水平力によってペダルを踏み込む方式である。
ルフェーブル(1842)の三輪車は当時のそれを裏付ける資料も残っており、1842年に製作したことはほぼ間違いないものと思われる。
ジャック・グレーバー氏の論文(2002年9月)の一部を抄訳。
2022年2月10日木曜日
自転車関係資料-77
自転車関係資料-77
この資料は月刊雑誌の「サイクル」1958年7月号である。
この号は東京で開催された第3回アジア競技大会の自転車競技を特集。
以下にその本文の一部抜粋
第三回アジア競技大会は、五月二十四日、神宮外苑の主競技場に於て、盛大な開会式を挙行後、二十四日から、各競技場に於て各種の競技が参加アジア各国選手によって開始された。天候は真夏の暑さを思わせる不順の高温ではあったが、会期中幸いにも晴天続きに終始し、各競技を順調に進行せしめる上に幸であった。
自転車競技は、二十五日よりピストレースを後楽園競技場で、又最後のロードレースを八王子市を中心とする、日野、立川、昭島、拝島を七周廻する百五十三㎞のコースで行われた。参加選手は、ベトナム、パキスタン、イラン、中国、フィリッピン、韓国、日本の七カ国で日本に於てかく多数の外国選手を集めての、国際自転車レースは始めての事であり、大会役員も万全の準備を整えた。幸にピストレース場は、後楽園競技場があるため、特別の設備を要せず、発走、計時、決勝審判方法等に就ても、夫々専門的知識を有する為便利であった。2 ゴレタラブ(イラン) 1'15”1 ( ” )
4 S・Mフアルーキ(パキスタン) 1’23"2
世界記録 1’08”5 ドウポン(仏) (1948)
日本記録 1’13”3 大沢鉄男(日本) メルボルン (1956)
アジア大会記録 1’20”2 杉原鏘一郎(日本) ニュデリー(1951)
2022年2月9日水曜日
古い絵葉書-20
古い絵葉書-20
この絵葉書は成田山新勝寺、(成田名勝)成田山水行場である。水行堂の前に自転車が2台見える。この自転車には荷台と両立スタンドも付いている。
この自転車からの年代推定は、昭和初期ということになりそうである。
後ろ泥除けに鑑札がついているか拡大鏡で調べたが、不鮮明で分からない。
鑑札が付いていれば昭和初期で間違いないと思われる。
一番下の写真は現在の水行堂の様子である。二つの写真を比べると殆ど変わっていない。
2022年2月8日火曜日
老舗さんぽ-52
老舗さんぽ-52
先日、何気なく静岡市内の自転車店を調べていたら、以前に尋ねたことがある「関川自転車店」を思い出した。この店を尋ねたのは1982年頃で、既に自転車店はやめていた。偶々店にいた人に聞いたところ「うちが静岡で一番古い自転車店であった」と言っていた。何か古い資料でも無いか聞いてみたが、無いとのことであった。この店を後にして周辺を歩いていたらちょうど古書店が目に留まり覗いてみた。自転車関係の古い資料を探したところ、「静岡県榛原郡吉田村の各種諸届 」をまとめたものがあった。早速、購入することにした。値段を忘れてしまったか、5,000円ぐらいはしたはずである。
この資料についてはその後、日本自転車史研究会の会報で紹介している。
「吉田村における鑑札下附の状況」”自転車”14号 1984年3月15日発行から”自転車” 17号 1984年9月15日の4回に分けて投稿。
現在の関川自転車店がどのような状況かネットで調べたところ、
以下の写真とその歴史が出てきた。

