自転車変遷概念図
日本の自転車変遷概念図を作成した。極めて大ざっぱで多々異論があると思われるが、長年にわたり自転車資料を眺めて来て、この概念図に到達した感がある。
以前にも日本自転車史研究会の会報「自轉車」第48号 1989年9月15日発行に「日本における初期自転車変遷の試み」として同様な図を載せたことがあるが、それを更に簡略化して作成したのがこの図である。活字だけでは素っ気ないので関連する図も挿入した。
今後もこれをたたき台にして、より実態に近い概念図を作成したいと考えている。
自転車変遷概念図
概念図の説明、
江戸末期~明治19年、三輪車時代
ラントーン車の渡来に始まり、寅次郎の木製三輪車、レンタル三輪車の流行など。
(註、ミショー型自転車(二輪車)は既に明治初期に存在していたが、極めてまれで、日本人が積極的に乗った形跡はない。)
明治20年~25年、達磨自転車時代
スティーブンスの来日の翌年に、徳川慶喜がダルマ自転車に乗る、梶野などがコロンビア製ダルマ自転車を輸入販売、鉄砲鍛冶などが和製ダルマ自転車を製作。
明治26年~明治35年、米国車時代
フランク・レンツの来日で、オバーマン社のビクター号が輸入され、梶野がビクター号のアッセンブル製造を始める、その後、主に米国製自転車が石川商会や双輪商会などにより積極的に輸入される。自転車俱楽部やレースも始まる。
明治36年~大正3年、英国車・国産車時代
日英同盟などを契機にラーヂ号など英国車の輸入が増える。宮田製作所などが国産自転車の生産台数を徐々に増やす。
大正4年~昭和30年代まで、国産車時代
第一次世界大戦を契機に外国車の輸入が激減し、宮田、大日本、岡本などが国産自転車を増産する。その後は新興メーカーも数多く登場する。
10、11頁