2020年7月11日土曜日

大日本自転車株式会社

大日本自転車株式会社について、昨日照会があり、
少しまとめてみました。

大日本自転車株式会社の概略

1916年(大正5)12月に創業した大日本自転車株式会社は、日米商店の関連会社として主に国産ラーヂの生産を始めた。
第一次世界大戦でイギリスのラーヂ自転車の輸入が激減したことによる。

その後、大日本自転車株式会社は東京の業平工場を建設して操業を始めたが4か月足らずで工場、事務所が全焼。しかし2か月後には復旧させた。
自転車部品の中で一番工作が難しいといわれていたチェーンの製造を1917年に開始。そして同年には主力となるDNB製ケント号発売。さらにリムやタイヤの生産も始める。
1937年に会社名を大日本機械工業株式会社に改称。
戦時中の業平工場は軍需工場となり、戦後は松下電器産業(株)と共同で光自転車(株)を設立させた。
1972年には富士自動車と合併し、ゼノア(株)になり、大日本機械工業株式会社の名前は歴史の舞台から消えることになる。

大日本自転車株式会社の略年史は、下記のとおり。

1899年(明治32)11月 岡崎久次郎、日米商店を創業。
1901年(明治34)10月 米国製レロイ自転車を販売。
1906年(明治39)1月 店主渡英、ラーヂ自転車の直輸入契約を締結。
1916年(大正5)12月 大日本自転車株式会社創立。国産ラーヂ自転車の生産が目的。
1917年(大正6)2月  業平工場、試運転開始。
1917年(大正6)7月 工場・事務所を全焼。8月末同復旧。
1917年(大正6)11月 チェーンの製作開始。
1919年(大正8)5月  DNB製ケント号発売。
1919年(大正8)8月  リムを生産。日米リム発売。
1919年(大正8)12月  東洋護謨㈱を買収。鬼タイヤなどを生産。
1931年(昭和6)6月  低価格実用車「鬼号」を発売。
1937年(昭和12)9月  大日本機械工業株式会社に改称。
1938年(昭和13)12月  業平工場、軍需工場に指定。
1945年(昭和20)8月  終戦により関係会社運営停止。
1946年(昭和21)7月  商号を旧商号「株式会社日米商店」に変更。
1952年(昭和27)4月、ナショナル自転車工業(株)設立。
1961年(昭和36)11月、大日本機械工業(株)と松下電器産業(株)により光自転車(株)を共同設立。
1971年(昭和46)ナショナル自転車が旧光自転車(株)製造部門を継承。
1972年(昭和47)4月、富士自動車と大日本機械工業(株)合併。昭和48年1月ゼノア→昭和54年10月小松ゼノアと改称。 

銘柄、
大日本自転車(東京市京橋区)、愛日号、鬼号、ケント号、富士号、富士スポーツ号、富士宣傳号、富士覇王号、ラージ号、リーフ号
大日本機械工業(台東区)ダヌーブ号、光号、光日本号、鳳鳴号、DNB号、経済光号
大日本機械工業名古屋工場(名古屋市)、 光来号、DNB大日号、光風号

冨士自轉車(大日本自轉車株式會社)
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1933年5月16日 官報
国会図書館所蔵