郵便と自転車の出会い
郵便や電報配達に初めて自転車が使用されたのは何時頃だろうか。
今のところはっきりしたことは分かっていない。
しかし、今後より深く調査が進めば、かなり正確なところまでアプローチできるだろう。
これから述べるところは、まだほんのアウトラインにすぎないが、一つの参考にはなろう。
官庁でいち早く自転車を採用したのは、陸軍省と逓信省であった。
特に軍の場合あらゆる発明品がそうであるように、 それが軍事的に役に立つものであるかどうか最初に試される。
自転車も当然例外ではなかった。
明治29年発行の『自転車術』 に、「本邦に於ても近年『輪』を軍事上に使用することを試み、 憲兵隊に於ては既に専ら之を使用せり。 『明治23年の頃特別大演習の時輪術熱心の中尉中島某は、 片鎖安全、其他二
種を持ち行き、野戦演習地に於て十分の試験を為したるに、 三種中片鎖安全第一の好結果を得たりと云ふ』 (当時の時事新報に拠る)。」
ここで、 『輪』とはサイクルで自転車のこと 片鎖安全とは、 当時最新式のチェーン付安全車のことである。
明治35年発行の 『自転車全書』 にも次のように出ている。
「陸軍々隊に於ける伝令の応用である。
ボーアの戦争には、 敵味方双方に用ひられて共に大なる利益を得独逸の軍隊及び我が軍隊の如きも、一昨年の挙匪の乱に、北清に応用して非常な功を奏して居る。 その他佛蘭西、伊太利等も立派に軍隊中に自転車隊を組織して居る。」
その他、軍の使用に関する資料は他にも散見するが本題から逸れるので、この辺で終わることにする。これらの資料から推察して既に明治二十年頃には軍で試験的に採用されたことが分かる。
それでは、本論である郵便との関係はどうであろうか。
以下発行年代の古い資料から順に追ってみることにする。
明治25年10月13日付 『福島民報』 の自転車練習場の広告欄に、
「我邦ニ於テモ自転車ノ利器タルヲ是認シ陸軍部内逓信省ニ於テハ自転車ノ準備専ラナリ」
明治26年6月発行 『猟の友』の 「自転車の功用」の中に、「其他郵便電信等の如き速達を要する者は皆之を利用せざるはなきに至る我が日本にても電信局、銀行、会社、 大商店の如きは近日之を使用するに至るも決して偶然に非ざるべし」
明治27年12月1日付『中央新聞』の広告欄は、
「安全二輪車、四輪, 英国ベーリストーマス社製、逓信省適用品」この時期、最新式安全車は輸入品を採用し、練習用などには従来からある国産のミショー型あるいはダルマ型を使用したと思われる。
明治29年2月発行の『自転車術』 には、具体的な配備状況などが、次のように書かれている。
「『輪』を通信上に使用することは既に欧米の数国に行はれ、 就中米国の運送会社に於て之を用ゆるものあり。 其実効既に著明なる事なるが、本邦に於て之を用いしは実に近年になり。 明治26年度 『逓信省年報』 に実際の成績を記するものあり。 今之を左に抄出『電報配達に在ては其快速を計り、前年度来 東京外三局に自転車を使用せしめしに好果を納め、大に配達上の利益を得たり。尤も土地の状況と、使用の熟練、及車輛の如何とに由りて、利益の程度均しからざるは勿論なれど、孰れも多少速達の効あらざりしものなく 其著き局に在りては、徒歩配達に比し四割四分除の時間を減ずるに至れり。 故に将来之を各局に普及し、而して能く其使用上、地勢と天象とを斟酌せしめば、利便の勘少ならざるや必せり。 今自転車使用上に関する要点を挙ぐれば左の如し。
[一] 夜間及暴風又は雨雪の時に障害あり。
[二] 道路の狭隘、 又は曲折し、 橋若しくは坂多き場所に不便なり。
[三] 遠隔の距離ならざる時は反て昇降等に時間を費して利少し。
[四] 宛所不明瞭なる電報配達には、 捜索の為め数々昇降を要して不利なり。
[五] 使用の当初は数々破損し、随て其修繕費を要する鮮からずと誰も、暫く熟練するに随て、 其数を減ずるものなれば車体の構造如何に速度の関係のみならず、破損の度数にも亦関係尠からされば、構造には大いに注意を加ふべきなり。
二十六年度末に於て、 東京外三局使用自転車は72輌にして、 内56を配達の用に供し、 16を練習用とせり。之を局別すれば左の如し。
配達用 練習用
東京 10 (安全形) 5
大阪 24 (安全形7、達摩形17) 6
横浜 8 (安全形) 4
名古屋 14 (安全形1、通常木製11、一輪半2) 1
以上自転車を通信上に用いたるの事実なり以て其成績如何を知るに足れり。」
なお、 『自転車術』 の巻末にある自転車製造所の広告にも、
「(東京郵便電信局御用) 森田自転車製造所」
「逓信省 (横浜、東京、大坂、名古屋) 各郵便電信局。横浜警察署御用 梶野自転車製造所」
とある。
これらの資料からわかることは、軍と同様郵便局関係でも明治20年頃から、その使用が始まったことが分かる。
その後、東京、横浜などの大都市から地方の郵便局にも普及していき、自転車は、郵便電報配達にはなくてはならないものとなった。
(資料協力: 須賀繁雄、真船高年、岩立喜久雄氏ほか)
日本自転車史研究会の会報「自轉車」54号 1990年9月15日発行より