自轉車瓦版 第99号
昭和60年12月30日発行
発行所 日本自転車史研究会
★だいぶ年も押し詰まりました。この瓦版もこの号をもって本年の最終といたします。みなさん、よいお年をお迎へ下さい。風邪がたいへんはやっています。くれぐれもご自愛の程お願いします。新年は、100号からスタートします。
☆乳母車博物館を計画中、
250年の歴史を持ち、各時代の風俗と、親心を反映してきた乳母車の博物館を作ろうというユニークな計画が、幼児乗り物卸会社・社長楢崎寿太郎(大阪府富田林市藤沢台2)らの手で進められている。楢崎氏らによると乳母車は1730年前後・英国のウイリアム・ ケントが第3代デボンジャー公のため考案したのが最初といわれている。帆立て貝形のホディーに折りたたみの日よけが付いていた。日本では、福沢諭吉が慶応3年(1867)に訪米土産として持ち帰ったものが第1号。人力車のヒントになったと伝えられている。
250年の歴史を持ち、各時代の風俗と、親心を反映してきた乳母車の博物館を作ろうというユニークな計画が、幼児乗り物卸会社・社長楢崎寿太郎(大阪府富田林市藤沢台2)らの手で進められている。楢崎氏らによると乳母車は1730年前後・英国のウイリアム・ ケントが第3代デボンジャー公のため考案したのが最初といわれている。帆立て貝形のホディーに折りたたみの日よけが付いていた。日本では、福沢諭吉が慶応3年(1867)に訪米土産として持ち帰ったものが第1号。人力車のヒントになったと伝えられている。
(以上は高橋 勇氏からの情報と新聞記事による)
☆昭和28年12月号の『サイクル』誌に、中村春吉自転車世界一周無錢旅行の記事あり、 P.56~P.57。
『サイクル日本』誌(自転車振興会連合会) 1952年3月号に、二輪外史・自転車学校・自転車美人の記事あり P.34~P.36.
(東京・須賀繁雄氏からの情報)
『サイクル日本』誌(自転車振興会連合会) 1952年3月号に、二輪外史・自転車学校・自転車美人の記事あり P.34~P.36.
(東京・須賀繁雄氏からの情報)
中村春吉と米国製ランブラー号
