自転車関係資料-60
下の資料は「山口の自転車」の広告チラシ、発行年は不明だが、この文中に「当社は誕生の産声を挙げてよりここに四十有余年を経た」或いは「最高製品・40年の歴史と当社研究所の画期的発明」などとある。山口自転車の創業が1914年(大正3年)と云われているから、+40で1954年(昭和29年)頃のチラシとなる。
早い話スマートレディーの発売が確か1956年であるからその頃と云うことになる。
1914年(大正3年)、山口重彦(1894年 - 1965)、東京市墨田区吾嬬町で山口自転車工場を創設。その後、東京市日本橋区小伝馬上町1に移転。
1941年-1945年、戦時中は軍需工場となる。
1953年、オートバイの製造を始める。
1956年、スマートレディー発売、ヒット商品となる。
1961年(昭和36年)7月、東証二部に上場。
1963年(昭和38年)4月、倒産。
山口重彦の経歴
山口 重彦(やまぐち しげひこ、1894年9月30日 - 1965年10月19日
鹿児島県で山口林五郎の長男として生まれる。
東京府立工芸学校(現東京都立工芸高等学校)精密機械科を卒業。
ダット自動車製造(快進社)に技師として入社。
1914年(大正3年)に独立し山口自転車工場を設立し、同社取締役社長に就任。
1953年(昭和28年)4月の第3回通常選挙に全国区から右派社会党公認で出馬し初当選。
1959年(昭和34年)6月の第5回通常選挙、全国区から日本社会党公認で出馬して再選。参議院議員に連続2期在任。
その他、東京自転車工業組合理事、東京市少年職業委員、全国自転車業組合連合会評議員、東京市工業指導所評議員、協調会中小企業講座講師、厚生省労務管理調査委員、日本自転車工業会顧問などを歴任。
長女に、 山口シヅエ(旧名、静江)大正6年10月31日生まれ、日本社会党(衆議院議員)その後、自由民主党へ。
参考資料、議会制度七十年史 1960年発行など。