2021年4月15日木曜日

金澤の輪況

 当時、金沢は自転車が盛んであった土地柄。クラブや、はたまた自転車専門雑誌である「愛輪」も発行されていた。

下記は明治36年1月1日発行の「輪友」第15号の記事。

内容は金澤に於ける輪界小史といったところ。この記事により地方の状況がある程度把握できる。

金澤の輪況

金澤、牧野白山

 我が金澤に於ての自轉車の沿革及び現時の景況をちょっと御話致しませう。
 抑も自轉車が金澤の地へ入って来たとの人々の記憶に遺って居るのは明治二十年の頃で、或る金物商が大坂から木製の三輪車を仕入れて来て賃貸を始めたのです。其後前輪の極めて大きい後輪の又極めて小さい彼のダルマ形と称ふる自轉車が入って来て、これが一時は非常に流行を極めたが危険が多いので僅に二、三年で悉く廃れました。それから明治二十五年の頃だと覚えて居ますが、細護謨の附いた自轉車が出来ましたが碌に誰も乘る者がなく、其当時から今日に至るまでずーッと自轉車に乗って居るものは僅に三人であります。さうして漸く太護謨のはまって居る自轉車が出来ても、その今の三人と及び外国人二、三人の外乗用する者が無かったのですが、二十八、九年頃に今の空気入りの安全車といふのが輸入したので急に六、七人の乗手が殖へ、又其頃からして自轉車を修繕する店も一軒できて、其六、七人で小さな競争なども行った事もありました。
 それから三十二年になつて漸く専門の自轉車販売店が出来て、又前に記した修繕のみをして居った店も新式の安全自轉車を沢山仕入れて販売するやうに成ったので、急に自轉車は非常な発達をして大流行を見るやうに成って來て、既に福井、石川、富山三県聯合の競走会も開かれ、今では練習場の三ヶ所も設けられ専門販売店の三ヶ所もあり、又賃貸店の五、六軒もある様になつて、従つて輪客の非常な数に成りました。これが先づ雑っとした金澤の自轉車に関する沿革ですが、当時一番多く乗用せらるる自轉車は、ピアス、デートン、クリブランド、アイバージョンソン、コロンビア等であって、その他、アイドル、アイバンホウ、アルモント、リロイ等其數幾種あるか分りません、又金澤郵便電信局はウェスト、ピャレースを備へて、電報配達に使用して居るので非常に便利を與へ居ります、輪況は先づこんなものですが唯だ曲乗家とチャンピオンの少ないのは遺憾でありす。

明治37年1月1日発行「輪友」第27号の広告


以下は広告の内容

謹賀新年
全国輪友諸君の萬福を祈る
一月一日  金澤愛輪俱樂部

愛輪は石川金澤市より発行する自轉車雑誌なり
愛輪は金澤愛輪俱樂部の機關雑誌なり
愛輪は普く輪界の記事を網羅せる雑誌なり
愛輪は毎號美麗なる寫眞版數葉を挿入せり
愛輪は毎號懸賞俳句の募集あり
愛輪は明治三十六年十二月十日 第二號を発刊せり
愛輪は一部定價金八銭 十部前金七十銭なり
石川縣金澤市下近江町四十九番地
発行所 金澤愛輪俱樂部雑誌部

明治37年1月1日発行「輪友」第27号