スティーブンスの日本旅行記 パート2-28
山全般の神である大山津見神を祀る祭りがここで行われている。今日は11月15日、「酉の日」、つまり毎年大山津見神を祀る祭りの一つである。広い境内は人で溢れ、行商人、屋台、曲芸師、そしてあらゆる種類のアトラクションが、この場所を村の縁日のようにしている。
ダルマ自転車を境内の外に置いて、私は人混みの中をぶらぶら歩いた。歩道の両側にある神聖な池には、鯉が群がっている。ある老婦人が、お麩をこぢんまりと売って大儲けしている。人々はそれを買って鯉に投げ、群がって食べるのを見て楽しんでいる。
興味を持ったグループは、ヤンキーの模造品を売っている周りに集まる。そこでは「銀でコーティング」するための小さな箱入りの粉を売っている。また、歌集を売っている人たちは、可愛い少女4人組が次々と歌を歌う斬新なパフォーマンスで客を惹きつけている。また、遠く離れた国の有名な社寺や観光地の写真シーンを含む、小さな旅回りの覗き見ショーもある。
この神社の中には、かつて働き、その賃金を年老いた父親のために酒に費やしていた昔の木こりを祀る祠がある。父親はもはや自分でお金を稼ぐには年を取りすぎていた。父親の死後、息子はその孝行が報われて「純酒の滝」を発見したと伝えられている。
この祭りのために、華やかに装飾された山車と、古い弾薬運搬車によく似た蓋付きのタンブリル(荷車)が囲いから運び出された。小さな鈴が吊り下げられており、母親たちは子供たちを抱き上げ、鈴を鳴らさせ、賽銭箱にコインを投げ入れている。これらの車には神々の御神体が積まれているのであろう。
赤く塗られた木馬が、馬小屋の木の柵の後ろに厳粛な様子で立っている。しかし、日本の社寺とその所有物にはほとんど反対の誓いを立てたいほどである。目にするもののほとんどがあまりにも不可解だからだ。日本神話の神秘を探求した人なら、大山祇神(大山津見神)を訪ねることで、きっと大きな満足感を得られるだろうが、平均的な読者は他の社寺を見た後、すべてに飽きてしまうだろう。猿虎蛇(さるとらへび)のような恐ろしい神話上の怪物や、「二十四孝」は一般人にとって何を意味するのだろうか?しかし、日本の社寺はすべて、こうした装飾で彩られている。芸術作品として称賛に値するものもいくつかあるが、そのほとんどは、醜悪な絵や表現である。