自転車世界一周 - 14
「自転車世界一周」ジョン・フォスター・フレイザー著
註、『Round the World on a Wheel』(1899) は、 John Foster Fraser、 S. Edward Lunn、 F. H. Lowe の3人が、1896〜1898年にかけて世界一周を自転車で走破した記録。以下は日本旅行の部分、その14。
日本人の自転車乗りたち
自転車が何でできているのか、私には想像もつかない。名古屋の自転車は、形こそ昔ながらの自転車に似ていた。大きな車輪はたいてい使い古しの荷車の車輪を鉄帯で巻、重い木製のスポークが2本ほど欠けている程度であった。フレームは大抵木でできており、時には鉄の棒が使われていたこともあった。後輪は例外なく、昔の荷車を運ぶのに使われていたものである。サドルはフレームに縛り付けた袋状で、半分ほどずり落ちそうな感じであった。腰に着物を巻き、大きな下駄を履いたまま乗り手は、ハンドルを握り、大きく後ろに体重をかけることで、見事に自転車を漕ぐ。確かに、その男は道路を独り占めしたかったのだろう。というのも、駆動輪のハブ・ベアリングがやや緩んでいて、ぐらついていたからだ。こうした自転車が近づいてくるのを見ると、私たちは降りて通り過ぎるまで待った。追い越そうとすれば、私たちの評判を落とすだけの価値しかなかった。それに、あの騒音ときたら!馬が暴走した荷馬車を想像してみてほしい。まさにそんな感じだった。しかも、名古屋にはこうした自転車が何十台、何百台、何千台も走り回っていたのだ。役人たちは事故統計を提供してくれない。
名古屋は素晴らしい街で、あらゆることで有名だ。その夜はひどい夕食だった。一口食べるごとに、法外な値段を請求する木彫り職人と口論していたからだ。彼らは荷車いっぱいの品物を運び込み、床に広げていた。美しい彫刻で、どれも素晴らしく繊細で、百もの趣向が凝らされた絶妙な作品だった。
名古屋が本当に名高いのは磁器だと知った。特に淡い灰緑色の磁器が人気であった。私たちは卵立てを買った。
次に聞いたのは、もちろん名古屋の磁器も素晴らしいが、名古屋の名産品は七宝焼きだとのこと。七宝焼きはまさに世界最高峰である。私たちは値切ることはせず、ただじっと待つことにした。

