自転車世界一周 - 15
「自転車世界一周」ジョン・フォスター・フレイザー著
註、『Round the World on a Wheel』(1899) は、 John Foster Fraser、 S. Edward Lunn、 F. H. Lowe の3人が、1896〜1898年にかけて世界一周を自転車で走破した記録。以下は日本旅行の部分、その15。
私たちは立ち止まることなく、雨と泥の中をガタガタと揺れながら、軽快なペースで進んだ。午後、暮れるにつれ雨は止み、素晴らしい夕焼けになった。薄明かりの中、私たちはシダに覆われた荒涼とした湿原を横切った。静寂を破るのは野鳥の鳴き声だけだった。遠くには山脈が連なり、雪を頂いた山頂は、もはや見えない太陽の光を受けて、美しいピンク色に染まっていた。道は徐々に高くなり、丘の頂上に着くと、目の前には鉛色の太平洋が広がっていた。黒く広大な海は、波一つなく、その憂鬱さを破るものはなく、白い波の帯が海岸に沿って音を立てて寄せているだけだった。
私たちは暗くなるまで、海沿いの道を走り続けた。浜名湖と呼ばれる広くて厄介な潟湖を渡らなければならなかった。激しい突風が吹き荒れ、月明かりは厚い雲に遮られていた。私たちは急いで走った。ランプもつけずに、土手の陰に隠れて進んだ。それから、小さなガタガタの木橋を渡った。何マイルも続く潟湖。幅は約6フィート(約1.8メートル)で、決して水平ではなく、板が何枚か欠落していて、どれもガタガタと音を立てていた。高さ30センチほどの橋桁も長い部分が折れていた。湾の上を風が唸り、ぐらつく橋は海に吹き飛ばされそうだった。私たちは慎重に、風を受け止めるように大きく体を傾けながら、長い距離を自転車で進んだ。しかし、板が欠落しているせいで不気味な揺れが起こり、自転車から降りる必要性を感じた。風は轟音を立て、橋は揺れ、そして、もろい橋が片側に傾いた時の恐怖は、どれほどのものだったことか!
暗闇の中を急いでいたため、二人が土手から田んぼに転落し、牡蠣の殻で補修された道を2マイルも歩かなければならなかったが、ようやくたどり着いたのは嬉しい限りだった。浜松の町に到着したのは午後8時半だった。

