2022年4月16日土曜日

パリジャン三輪車

 パリジャン三輪車

1869年発行の「ベロシペード」(VELOCIPEDES BICYCLES, AND TRICYCLES:
How to Make and How to Use them、BY “VELOX”)を眺めていたら下にある三輪車のイラストが目に留まる。どこかで見たようなタイプと思ってよくみたら、このブログの2日前にアップした「これもラントーン型」にある三輪車の構造と全く同じである。

この本の本文には. 

パリの三輪車(図16)、形状は直線的で優雅ではなく、弱さも感じる。ペダルにはスリッパの形をした足用レストが付いている。ライダーは即座に足を離すことができるような形状である。駆動は機織りと同じで、歩くようなスタイルに似ている。足に負担がかからず、けいれんを起こすこともない。この原理で、より大きな力を出すベロシペード(図16を参照)にはサイドレバーが取り付けられており、クランクアクスルに作用して速度を大幅に向上させるとともに、必要に応じてブレーキとしても機能する。ステアリングハンドルは通常のバスチェアと同様に固定されている。

補足説明、「これもラントーン型」の三輪車とよく見比べて欲しい。
やはりヘッド部上にはランプが付けられている。ステアリングのハンドルは同じくヘッド部から伸びた一本のハンドルである。座席の右側に駆動用のレバーがあり、これがクランクアクスルと繋がっている。スタート時の加速や上り坂などで利用できる。そして下り坂でのブレーキにも対応できる。平坦地では足だけの駆動で十分であろう。この三輪車は、やはり両足と右手の3点での駆動方式ということになる。

ラントーン車は両足と両手の4点での駆動であり、前輪のハブステアリングが特徴である。それにこの三輪車よりも軽量化が伺える。そういうことは、この構造のほうがやはり年代的には古い気もするが、具体的に何年の製作なのかは更に調べる必要がある。

女性用パリジャン三輪車
「ベロシペード」67頁のイラスト

2022年4月15日金曜日

次もラントーン

 次もラントーン

「自転車、その歴史」(Bicycle: The History、David V. Herlihy 著 2006年8月16日発行)

本文の63頁に、

そして、1860年代の半ばにイギリスで登場したのが、斬新的なデザインのラントーンであった。この小型の乗り物は、4点つまり手と足で駆動するものであった。その評価はまちまちで、 あるブルックリン紙は、「それを操縦するには技術が必要のようだ」とある。

この記事にはイラストも写真もない。
ウィラード・ソーヤー(Willard Sawyer: 1808 - 1892)に関しては詳しく記述している。

参考までに、ソーヤーの広告を載せる。

ソーヤーの四輪車
1855- Willard Sawyer Quadricycle

2022年4月14日木曜日

これもラントーン型

 これもラントーン型

先日、PDF版の「自転車の誕生」ニック・クレイトン(THE BIRTH OF THE BICYCLE、Nick Clayton、2016.7.15発行)を眺めていたら下の写真が目に留まる。

この写真の提供者はカナダの自転車史研究家、コレクターでもあるローン・シールド氏だ。私も何度か彼からメールをもらっている。

本文には、
 1863年にジョセフ・グッドマンは、手と足で推進するラントゥーン三輪車の特許を取得した。そして、水晶宮で行われたレースで優勝。

と簡単に触れている。

写真のラントーンは、ジョゼフ・グッドマンの考案したものと明らかに異なっている。むしろその形状は年代的に古いのではと思える。車輪の具合はむしろ日本の寅次郎が制作した自転車(三輪車)に近い感じもうける。ただし日本製は殆どが木製だが。

この写真の細部を見ると前輪の上部にはランプも付いている。ステアリング構造は前輪上のヘッドから伸びた長い一本の鉄製ハンドルである。駆動用のハンドルレバーはどうやら右手だけの様である。写真の左側にある棒は当初、左側の駆動用レバーと思ったが、どうやら奥にある木の枝かなにかのようで、非常に紛らわしい。

要するに駆動は両足と右手の3点ということになる。右手の前にある丸いものは何か、不鮮明でよくわからない。

「自転車の誕生」の27頁
Rantoone 写真提供:Lorne Shields


2022年4月13日水曜日

ラントーンの模造車

 ラントーンの模造車

「THE BONESHAKER」のバックナンバーを眺めていたら、下の写真が目に留まる。

会員のロジャー・ストリート氏から編集部あての手紙である。

編集者 宛て、

後日の「ラントーン」?

Les Bowermanは、オックスフォードのJohn Gillsから送られてきた同封のコピー写真を私に提供してくれた。

「The Celebrated Rantoone」に関する私の記事(TB 122p。 9)参照。

ジョンによると、「オリジナルの写真は、亡くなったある紳士の財産の一部として販売されたアルバムに含まれていたもの。テーム、オックスフォードシャーから」とある。

ジョセフ・グッドマンの1863年の「Rantoone」及び1860年代の他のマシン(記事を参照)と共通しており、写真に見る構造は手と足で操作され、両方ともクランク付きリアアクスルに取り付けられたレバーに繋がっている。しかし、「Rantoone」の巧妙な特許取得済みのステアリング装置は模造されておらず、前輪を回転させるには、推進レバーから片手を離して操作する必要がある。

この操縦の方法はあまり便利とは言えない。ボックスシートのランプと同様に、クッションまたはソリッドタイヤの同じサイズのホイールとフロントフォークは、おそらく1890年頃のものである。バランスギアもないようなので、おそらくドライブは片輪だけのようだ。リアアクスルとシャーシの間にある楕円形のリーフスプリングの珍しい特徴が、リアサスペンションを構成している。また、シャーシにストラップで縛ってある杖にも注目。

このマシンは明らかに1台だけ製作したもので、乗っている老紳士によって製作されたものであろう。彼は若い頃の「ラントーン」の漠然とした記憶を持っていて、これが彼のインスピレーションとなったようだ。

背景にある木製の荷馬車の車輪は重すぎて、ジョセフ・グッドマンのベロシペードに利用できないが、写真に写っているのは奇妙な偶然か。

ロジャーT.C.ストリート

ラントーンの模造品 1890年頃

「THE BONESHAKER」№126
26頁、27頁
1991年夏号

2022年4月12日火曜日

古い写真

 古い写真

下の写真はかなり古い。自転車からの年代推定は大正初期といえる。

両立スタンドや後荷台はついていない。2台とも泥除け付きの実用車タイプだが、シンプルで軽快車のイメージがある。特に左側の自転車は前輪の泥除けの感じもレトロを感じさせてくれる。そして後方のトップチューブには三角形の工具鞄も付いている。人物の服装を見ると和服姿だが帽子とゴーグルは洒落ている。気取った感じがなかなかいい。これからサイクリングに出かけようとする雰囲気だ。

大正初期のサイクリスト

2022年4月11日月曜日

自転車バイク

自転車バイク

自転車オートバイの隆盛期に於ける主な製造所とその銘柄

1957年・昭和32年

製造者名   機関名称

田中工業   タスA-2

富士精密   BS-31

十条精機   テル-53

東洋発動機  マミー40

富士精密   BS-41

富士機械   G₂A53

本田技研   カブFM-53

新日国工業  601ニッサンバイク

鈴木自動車  ダイヤモンドフリー

東京発動機  トーハツパピー

三輝工業   サンライトSMR-21

中島機械   オリオン53

富士自動車  カスデンGB2

川崎機械   KB.1

受知機械   富士AE-20  

新生工業   ラスターS2

トヨモーターズ FM6トヨモーター

新明和工業  ポインタジュニアC

本田技研   ベンリイ

丸正自動車  ベビーライラック

ヤマト商会   ヤマトラッキー

参考資料:自転車バイク 資料集① 日本二輪史研究会内部資料(非売品)
1981年12月1日発行 37頁「バイクエンジンの出力と走行性能」戸田康明 第2表より

「バイクエンジンの出力と走行性能」戸田康明 第2表

以前に所有していた富士精密工業のBSモーター41型
現在は自転車文化センター所蔵

2022年4月9日土曜日

NCTCの分派

 NCTCの分派

昭和28年8月号の「新ハイキング誌」に鳥山新一氏のヨーロッパの旅が連載されていてその中の記述が大波乱の元となった。

NCTCから通産省の欧州の自転車事情調査員鳥山新一氏が派遣された。

戦前から和田文平氏の英国流のサイクリングスタイルの指導を受けてきたNCTCのメンバー達にとってフランスの自転車の豊富な車種が優れていて我が国に採り入れるべきとの記述は会長の和田氏の逆鱗に触れ結果鳥山氏が退会し新たにJCCを立ち上げた。

鳥山氏はNCTCから調査員として派遣された事になっているので和田氏の戦前から英国流のサイクリングの指導に集まってきたメンバー構成で英国以外の情報は皆無でした。

注目したいのは昭和27年の渡欧で英国よりフランス流サイクリングが優れ我が国に相応しいと認識したのではなく、戦前からフランスの自転車文化の幅広い利用に注目していた。したがって旅行記で英国流クラブモデル一辺倒のNCTCのスタイルを公に批判した。

鳥山氏は戦前岩波書店から昭和14年に発行されている「フランス通信」瀧澤敬一氏著など数少ないフランスの自転車情報を読み英国流に疑問を持っていた。

27年渡欧の際鳥山氏はリヨンの瀧澤氏を訪問している。瀧澤氏は横浜正銀銀行(東京銀行の前身)リヨン支店勤務で複数の自転車を所有するサイクリストであった。

鳥山氏のこの分派行動は従来のイギリス一辺倒、特にCTCを模範としたサイクリング文化やその機材に対して単に批判したのではなく、新たにフランスの自転車文化を紹介・導入したことに大きな意義がある。日本のサイクリングの質と量を向上させたその功績を現在のサイクリストの記憶の中に留めてもらえればと思っている。(渋谷良二)

以下に関連記事の一部を抜粋、

「続ヨーロッパの旅、78頁」

 日本の自転車は五十年前の英国の植民地向けの自転車の型をそのまま鵜呑みにして一向にこうした点を考えることなしに唯々後生大事に昔のままに保って来たわけです。

 この辺が日本の自転車の一番の欠陥といえましよう。使用地の実情に即した車でなくては本当の役には立たないのです。
 この点英国のクラブモデルというクラス の車をツアー用として採用して来たN.C.T.Cのやり方はそもそものスタートからして誤っていたもので、道路の極めて悪い日本の実情にはふさわしくないものです。第一クラブモデルをツァーに使用するというのがおかしな話なので、今後日本のサイクリングツアーを発展させるためにはこうした問題の再検討も不可避なテーマとなりましよう。
 同じサイクリングツアーの盛んな国でも、それぞれの国によって、車の設計、部品の設計工作が異なっており、夫々の特色を持っているのはさすがにサイクリングの歴史も古く、有力な団体、指導者、メイカーのある国だけに教えられる点が多い。
 フランス の車はツァー用車に限らず日常の用に使う、通勤用車でも、英国の様にサドルに鞄をつけずに、後の泥除けの上の小さな鞄受台に振り分けに左右にぶら下げたバニヤーバッグを常用しております。
 これもプラスティック製、キャンバス製、革製の大小いろいろの大きさのものがあり、旅行用には前の泥除けの上につけるものもあります。又ハンドルの直前につける物もあって、こうした荷物のつけ方は英国よりも合理的です。

「わが国サイクリングの歩み、29頁」

・3月31日、外国車製自転車研究委員会の専門委員に鳥山君、前田君が加わって、これに協力することになった。
・昭和27年2月には鳥山君が、自転車振興費による海外現地調査委員に選ばれ、英国から欧州各国を視察してきた。
 これは日本の自転車業界のためばかりでなく、クラブにとっても極めて有意義なことだった。
 それと同時に、それまで戦時下の情報不足という事情のため、和田文平氏の指導の「英国流サイクリング」を唯一の手本と信じてきたNCTCのサイクリストにとってサイクリングの本家はむしろフランスであり、イギリスには本格的なサイクリング用車もないというヨーロッパの事情が明らかになった。
 サイクリングのソフトとハードに関する各種の情報、例えばツーリングとクラブ・ランの本質的相違や、乗車姿勢を始めとする膨大な「新しい知識」や、名前さえ聞いたことのなかったフランスの本格的旅行用車を筆頭に、600点以上のフランス・イタリー部品を目のあたりにすると、クラブ員のショックな大変なものだった。
 その反面それまでの指導に対しての不満ともいえる方も出てきたため、和田氏としては、鳥山君がクラブを辞めるか、あるいは自分が辞めるかだといいだした。
 和田氏が辞めては困るので、結局鳥山君がクラブを辞める形で事態を収拾した。
 鳥山君は「日本サイクリング・クラブ」(JCC)を設立し、「フロント・バックとバニァ・バック」というフランス流のサイクリングを中心に新しいサイクリングの道を開拓した。


昭和28年8月号の「新ハイキング誌」

目次

続ヨーロッパの旅 78頁

本文の一部 78頁

わが国サイクリングの歩み 表紙

同上 29頁

「ハイキング誌、続ヨーロッパの旅」81頁より