2009年4月7日火曜日

那珂通世博士

 那珂通世(なかみちよ)博士については、先のこのブログでも自転車十傑(部門は旅行家)の一人として選出されたことを書きましたが、博士が自転車旅行で各地を周った際に聞いた「自転車の名称」を新聞紙上に載せています。それによりますと、
一輪車、二輪車、じりんしゃ、にてんしゃ、いちりんきしゃ、にりんきしゃ、ひとり人力、ひとりくるま、ひとりきしゃ、じりきしゃ、いっちょうくるま、にちょうくるま、そして、なかには「自転車が一匹通る」というところもあったそうです。(明治34年8月17日付け東京朝日新聞)
 那珂通世は、趣味と歴史研究などを兼ね当時まだ珍しかった自転車を使って東北や九州をはじめ朝鮮や満州までも自転車で旅をしています。ですから彼のことを「自転車博士」と呼んだようです。
 那珂通世の略歴は次のとおりです。
 那珂通世(1851-1908)は、幼名を荘次郎と云い、1851年(嘉永4)1月6日に盛岡馬場小路にて旧南部藩士藤村政徳の三男として生まれました。1866年(慶応2)に那珂通高(江幡梧楼)の養子となり、小五郎通継と改名しました。さらに1889年(明治2)には通継改め通世と改名しています。 1871年(明治4)に上京して慶応義塾に通いました。その後教師となり、第一高等中学校教授、高等師範学校教授、東京帝国大学文科大学講師などを歴任しました。1901年(明治34)には東洋史を専攻し、文学博士になっています。主な著書には『支那通史』、『上世年紀考』、『成吉思汗実録』などがあります。