2009年4月28日火曜日

ホーライ号

 昨日のこのブログの「月賦販売」の中で、ホーライ号自転車製作所とありましたが、はたしてホーライ号と言う名の自転車だけをこの会社は製造していたのでしょうか。調べて見ますとこの会社は2,3年の間に会社名をたびたび変更しています。
 ホーライ号はこの会社の主力商品で所謂看板自転車でした。

大正10年のときは「小林商店」でした。所在地も東京市下谷区西町三番地にありました。ホーライ号自転車・ホーライタイヤ発売元とあります。(「輪業世界」第35号 大正10年1月号)

大正11年には「ホーライ号自転車製作所」 小林勇蔵とあります。所在地は同じ下谷区西町三番地です。(「輪業世界」第47号 大正11年1月号)

大正12年には「小林製作所」 小林勇蔵で、所在地は浅草区七軒町八番地に移転しています。(「輪業世界」第59号 大正12年1月号)

大正13年には、また「ホーライ号自転車製作所」に会社名がもどっています。所在地は浅草区七軒町八番地です。

 このようにたびたび数年の間に会社名を変更しています。「小林ホーライ製作所」と名のった時期もありました。銘柄車としては、蓬莱号、ヒフミ号、セント号などがありす。

 月賦販売の受領証に書いてありました販売店の「淺川自転車店 浅川政治」は、新潟県村松町にありました。ホーライ号の代理店は、大正12年1月現在で全国に22店舗ありました。