2021年1月23日土曜日

自転車乗用の医学的観察①

 自転車乗用の医学的観察①

松居松葉の「自転車全書』(明.35.7 内外出版協会発行)の中で、「自転車は病を癒す事多し」として、心臓、痔、帰人のヒステリー、気鬱症其他の神経衰弱症、胃病、脚気などに良いということが書いてある。私も自転車を始めてから余りカゼをひかなくなったし、仕事でのストレスもたまらなくなったと感じている一人である。
そこで、専門家の立場から自転車の医学的効用を述べた、明治期の講演記録があるので次に紹介したい。

「自転車乗用の医学的観察」と題して、明治34年済生医会第四総合に於ける入澤達吉博士の演説である。

 私は今日国家医学会の方からも、一場の演説を依頼されましたから、遅く来て、早く御出になった方があるにも拘らず、先に御話致しますのは、甚だ失礼でございますが、私は此処に掲げてある妙な問題に付て、簡単に御話致します。私が昨年から自転車を始めたと云う話が出て、それじゃーつ、其の自転車の利害に付て話をしましょうと云うことになりました。医学的に観察すると云う程の事ではないが、西洋の人は此数年来大分此問題に付ては報告をして居ることでありますから、それを集めて聊か説明をして、且つ自分の僅かな意見をそれに付けまして、責を塞ごうかと思います。
 先づ極簡単に申上げまするが、自転車に乗ると云うことは、これを生理的に解釈すれば、筋の働きがどう云うことになるかと云うと、是に付てメンデルソンと云う人は、梯子に登るのと同じである、「ペダル」と「ペダル」の距離がすなわち、梯子の階段の、一つ一つの距離と同じで、唯自転車の方は、地平線に向って進むの差があるだけで、自転車は階段を登るのと、生理的の働は同じであると云うことを云って居ります。しかし其差はただ地平線に進むのと、それから鉛垂の方向に進むの外に、なお体重の関係があります。体重全体です。階段を登る時にはこれを上に持運ぶ、自転車に於てはそれはないのです。其代りに自転車の車、其物の重さと云うものがそれに加って居る。又かの小さい輪を廻して、即ち「クランク」を廻して、大きな車がこれに依って廻る。此運動をしなければならね。それからもう一つは、車と道路との間に起る摩擦、是に打勝たなくてはならぬ、併し自転車も平地の中は、今御話ししたような訳でありますが、坂路になって来て其坂道を登ろうとすると、今云うたものの上に、矢張体重と云うものが関係して来る。今申上げた車の重さと、それから小さい輪を動かして、大きい輪を運転させると云う間の関係と、もう一つは車の重さと地との間に起る摩擦と云うもの、其他身体の重さが関係を及ばして来る。それで即ち初歩のもの、始めて稽古するものには、僅かな坂になっても、非常に力が要る。練習し始めには、歩いて居ては殆ど分らぬ道でも、此処は坂であると云うことがすぐ分る位いである。それほど関係が違って来る。それで自転車に乗るのはどう云う運動をするかと云うに、其時働く筋は何れも伸展筋である。殊に一番働くのが膝蓋の伸展筋である。それで股筋であるとか、大股筋、内外の大股筋、それから股直筋、此等の筋と云うものが一番余計働くのである。膝を伸すが為に是等の筋が働く、其次に臀部の筋である。殊に大臀部が之を代表している。臀部の筋が大腿を真直に伸すが為に働くのである。其次に多く働く筋は、足関節を伸す為に、即足筋の方に曲げる為に、是には腓腸筋、比目魚筋及足筋にある所の小さい筋が働くのである。それで大腿を曲げる程、即下肢を曲げる程、余計な力を要しないのであります。大腿の如きに至っては、唯此腸腰筋が少しく働いて大腿を上に揚げると云うだけで、下肢などは「ペダル」が斯う登って来ると、他働的に上に登るので、筋の働は殆ど要しないと云うて可なる位いである。腰筋は大腿をあげるために、此の運動のときに働く唯一の筋である。又足関節は伸展筋の働にて絶えず「ペダル」と接着して居り、曲がるのはむしろ他働的である。其他に於ては軀幹の筋も働かないことはないのです。身体の平均を保つために、躯幹の筋も働く、又殊に始めての人にあっては「ハンドル」に力を入れるから、上肢の筋もよく働く、此時の筋は多くは此屈折筋である。それから三角筋も働く、大脳筋も働く、しかし段々熟練して来ると、躯幹の筋や、上肢の筋を働かせることは少なくなるが、下腿の筋は働かなければならない。こう云う風の筋の働で以て、自転車の運動は出来るのであります。
(つづく)
入沢達吉先生年譜
宮川米次 編
1940.11
国会図書館所蔵

「自転車乗用の医学的観察」を
済生医会第四総合に演ず
1901年(明治34)