2024年8月7日水曜日

レンツとアウティング誌 - 25

  レンツとアウティング誌 - 25

「OUTING」 スポーツ、旅行、レクリエーションのイラスト入り月刊誌

第 23 巻 1893年10月 - 1894年3月(合本版)

OUTING AN ILLUSTRATED MONTHLY MAGAZINE OF SPORT, TRAVEL AND RECREATION. VOL. XXIII. OCTOBER, 1893—MARCH, 1894. 

248頁、

神戸に1日半滞在した間、私は宣教師の友人であるJ.L.アトキンソン牧師とその家族、そして太平洋を渡る際に蒸気船オセアニック号で知り合ったジオ・オールチン牧師を訪ねた。神戸にはすでに3つの大きなキリスト教会があり、これらの宣教師のたゆまぬ努力によって育まれており、日本人との友好関係は、宣教師たちの功績によるところが大きい。

横浜、京都、神戸などの大都市には骨董品店が数多くあり、あらゆる種類の日本の骨董品、古代の工芸品、初期の刀剣や武器、さらには現代の優れた工芸品も見ることができる。

いつでも西に向かう準備を整えて、私は11月30日の朝、中国街道を通って神戸を出発した。神戸の旧兵庫地区を過ぎると、旧道は広くて平坦で、出発点から数マイル進むと突然海岸近くにカーブし、大きな湾の素晴らしい景色が見渡せた。帝国鉄道も海道の近くにあり、2、3時間おきに、小さなイギリスの機関車と側面に開くドアのある四輪の客車からなる面白い小さな列車がきしむ音を立てて走っている。

私はこの絵のように美しい道を走り、島々の間を滑るように進む小さな帆船と岸辺の漁師たちを眺めていた。すると突然、前方で大きなアメリカ国旗と2つの小さな日本国旗が風になびいていた。私は神戸でロバート・ヒューズ氏の自宅に寄ることをほとんど忘れていたが、彼は竹の棒に国旗をつけ道路にアーチ状に飾っていた。他の方法がすべて失敗した場合でも、アメリカ国旗が私を立ち止まらせるだろうとよくわかっていたのだ。門には日本人の使用人たちが大勢いて、笑顔で頭を下げて明るく歓迎してくれた。

昼食と雑談の後、私は明石という大きな街に自転車を走らせた。ここから道はやや内陸に向かい、時折海が見え、加古川と御着を経て姫路に続く。さらに内陸にある斑鳩、正條、東有年は小さな街に過ぎなかったので、私は先へ急いだ。


248頁
「古き栄光により立ち止まらざるを得ないことを承知していた。」

写真
挿絵とやや相違あり。挿絵では日傘をさした女性を配置している