2026年1月29日木曜日

自轉車瓦版 第75号

 自轉車瓦版 第75号

昭和60年9月13日発行

★先日、友人から電話があり次のように話してくれた、「この前ブラリと赤坂の自転車文化センターに行った。2階に陳列されているアンティーク自転車をながめていたら、その中に十字号あった。確か瓦版の63号では文化センターにあるのはⅡ型のものだけと記されていたようだが、Ⅰ型とⅡ型の2台が並んで陳列されていた。「Ⅰ型も文化センターにある・・・」私が数年前見に行った時には、確かⅡ型のものしか置いてなかった。その後入手したのであろう。さすが自転車文化センターだ。

★日本で発行された自転車の歴史関係の図書は、極めてわずかだが、本場のヨーロッパやアメリカでは多数出版されている、現在入手可能ではないかと思われる書籍(英語版のもの)に次のようなものがある。

①Bicycle People、② Early Bicycles、⓷King of The Road、④Sturmey's Indispensable Hand book to the Safety Bicycle 、⑤The Moulton Bicycle 、⑥The Story of the Bicycle 、⑦The Victorian High Wheelers、⑧Staley & Sutton 1884、⑨ Bicycles of the Year (Old Ed. reprint 1877、⑩ Reprint Old Linley & Biggs. Practical Hints on Cycling、⑪ Eddy willy Cartoons、⑫ Strange But True、⑬ Simpson Bicycles 1896、⑭ Rover Cycles 1896 、⑮The Bicycle and the Bush. etc 以上の図書は確実に入手できるかどうかかりませんが、問い合わせ等を知りたい方は、事務局までご連絡下さい。(また、他に外国の本で入手可能なものをご存じでしたらご連絡下さい。)

Sturmey's Indispensable Handbook
 to the Safety Bicycle

King of The Road

2026年1月28日水曜日

ヴェロシペード特許関連 - 6

 ヴェロシペード特許関連 - 6

アメリカ合衆国特許庁

ウェストバージニア州ホイーリング在住のデビッド・J・ファーマー

特許第92,808号、1869年7月20日

改良型ヴェロシペード

本特許証に記載され、本特許証の一部を構成する附則

オハイオ州ホイーリング在住のデビッド・J・ファーマーは、新しく改良されたヴェロシペードを発明した。以下は、本特許証の一部を構成する添付図面を参照し、その構造と操作の完全かつ明確で正確な説明である。

図1は、図2の線z-zに沿った縦断面図である。

図2は上面図である

本発明の目的は、通常は陸上で使用するために設計されているが、水上でも同様に走行可能なヴェロシペードを一般向けに提供することであり、これにより、乗り手は湖、川、またはその他の水域に到着したときに、降りたり停止したりして乗り物を変更することなく、直接水域に乗り、水域を横切ることができる。・・・



明細書

2026年1月27日火曜日

自轉車瓦版 第74号

 自轉車瓦版 第74号

昭和60年9月7日発行

★書籍案内、①「これが BMX & MTBだ!」 平木康三著、小学館発行 ¥530-。

②「ぼくらのサイクリングコース」サイクルスポーツ臨時増刊 八重洲出版社発行  ¥700-。

★真船氏にお答えとお願い 

①「瓦版」第48号に糸車に「自転車」という名称のものがあり寅次郎がそれを借用したことも考えられる旨、記述されていますが、これは氏の感違いだと思います。乗物の「自転車」 の製作・販売の許可は明治3年5月。「自転車」どう名称の糸車の考案は明治4年です。糸車が1年遅いのです。この件については、明治48年「長野県政史」発行後まもなく私の職場に寄贈された時に読んで、参考カードを作成、また昭和58年8月9日~ 12日の4日間、長野県立図書館に資料調査( 個人的に)で訪問した時にも一応調べております。 (考案者の館三郎ご子孫の探索を中心として)。

今回の小論では「自転車」という名称の起源については明治3年までのものまで取り上げました。明治4年以降のものは関係がなく記述しておりません(紙数の制限もあり)。

 ②瓦版60号に『「寅次郎がこの車の名称を借りて・・・」 と書いたが、むしろ当時人力によって回転する車輪状のものが付いでる機械は糸車を含めて「自転車」という名称が一般的な使われ方であったようだ。』と書いておられますが、その事実を述べた資料・文献を是非ご教示いただけますようお願いいたします。私も相当調べたつもりでしたが、そのような文献は未見です。やはり調査範 囲が狭かったようです。(藤沢市、齊藤俊彦氏)

下のイラストは「ザ・ホイールマン」誌より

9頁
「ザ・ホイールマン」誌
 1883年発行

同上

2026年1月26日月曜日

ハンバー関連

 ハンバー関連

新型ハンバー・ビーストン・クラブマン(The NEW HUMBER BEESTON CLUBMAN)

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クラブライダーとタイムトライアルライダーのために特別に設計
クラブマンのニーズを知り尽くした男たちによって設計され、自転車製造の第一人者によって組み立てられた、新型ハンバー・ビーストン・クラブマンは史上最高である。仕様を読み、ディーラーの在庫モデルをご覧になれば、その新しい改良点と機能が際立って優れていることがわかる。
フレーム:22インチ、73インチのヘッドアングルと71インチのシートアングル、レイノルズ531チューブを全面に使用。凝ったデザインのラグ。薄いテーパーシートステーとチェーンステー。
フォーク:レイノルズ531チューブの「D」ブレードとソリッドエンドで特別に設計。
ホイール:27x1/4ステンレススチール製高圧リムとステンレススチール製スポーク。
ベイリス・ワイリー・コンチネンタル・ハブ
タイヤ:ダンロップ 27インチ ロードレーシング
ギア:69.0インチと77.6インチ、固定ギア
チェーンホイール:3ピン着脱式、46T フランジ付きレーシングタイプ
クランク:6.1/2段。ペダル:レーシングタイプ
ブレーキ:軽合金製、フード付きレバー
価格:26.16.6ポンド
Sturmay-Archer製3速または4速ギアは注文に応じて供給される・・・

32頁
「バイシクル」誌、1950年1月25日発行

2026年1月25日日曜日

自轉車瓦版 第73号

 自轉車瓦版 第73号

昭和60年9月1日発行

★瓦版の70号に日航機の事故で亡くなった辻氏のことが書かれていたが、同じシマノ工業の塔本正吾氏(宣伝係長)もやはりこの事故に遭遇している。同氏の葬儀は8月24日堺市の東本願寺でしめやかに行なわれた。塔本氏は入社歴も古く、営業から宣伝係に変わり、殆んど一人でなにもかもやっていた人である。当研究会にとっても塔本氏を亡くしたことは大きなマイナスと思っ ている。(大阪市、高橋 勇氏)

☆世界自転車選手権で中野浩一が9連覇を達成。第52回世界自転車選手権はイタリアのバッサーノ・デル・グラッパで行なわれ 、8月24日のプロ・スプリント決勝で、同じ日本の松枝義幸を2-0で破り、みごと優勝した。1977年のサンクリストバル(ベネズエラ)大会以来9連覇をマークし、自己の持つ連勝記録をまた伸ばした。

☆会報“自轉車”のサイズが9月15日発行の第23号よりA5版になる。これは単に印刷の都合によるもので、内容的は以前と同様である。

★この瓦版は既にお知らせしたとおり、1ヵ月に1回以上定期的に情報等を寄せて下さる会員との連絡用(メモ)に発行しているものです。したがいまして全会員には発送されませんのでご了承下さい。なお、バック№を希望の方はご依頼下さい。1部20円(送料とも) で頒布致します。(情報等の提供者には従前より無料配布しております)


2026年1月24日土曜日

ホイールマン誌

 ホイールマン誌

第 2 巻 1883年8月 第5号

ナチュラルブリッジへの旅

フィラデルフィア出身の3人がバージニア渓谷を旅した記録の出版は、熱心なサイクリストにとってこの地域の魅力を多くのライダーに知らしめた。ルレイ洞窟とナチュラルブリッジを訪れ、ブルーリッジの山の景色を眺められるという期待に加え、連続した良好な道の斬新さはこれまで見たことのないことが分かった。一行は数年の経験を持つライダーで、装備の準備は完璧だった。

慎重に検討した結果であり、あらゆる点で満足のいくものであったため、その一行についての簡単な説明は興味深いものとなるだろう。

ワシントンのキャピタル・バイシクル・クラブのマックス・ハンスマン氏、クラレンス・G・アレン氏、L・W・シーリー氏は、ナチュラル・ブリッジを目的地とする3週間のツアーを計画した。提案されたルートは約500マイルの自転車旅行で、ハンスマン氏は48インチの「エクストラ」オーディナリーに乗っていた。・・・


「ホイールマン」誌
第 2 巻 1883年8月 第5号

註、 アメリカ・バージニア州のナチュラルブリッジ
巨大な石灰岩のアーチがそびえ立つ景観、周辺には歴史的ホテル、洞窟、サファリパークなど観光資源が多い。かつては先住民の聖地でもあったと言われ、文化史的な深みもあり、自然地形と人間の歴史が重なる場所である。

2026年1月23日金曜日

自轉車瓦版 第72号

 自轉車瓦版 第72号

昭和60年8月29日 発行

資料版、

「ザ・ホイールマン」誌

サイクリングに関する文学とニュース、イラスト入り雑誌

第1巻 1882年10月~1883年3月 合本版

ボストン ザ・ホイールマン・カンパニー  ワシントン通り608番地  1883年発行

THE WHEELMAN AN ILLUSTRATED MAGAZINE OF CYCLING LITERATURE AND NEWS

VOL. I 1883年

註、 The Wheelman誌は、1882年(ボストン)で創刊された。

発行元:The Wheelman Company(Boston)

印刷は高品質で知られる Rockwell & Churchill が担当し、毎号1万部以上刷られたと云われている

編集者:Samuel S. McClure、自転車王アルバート・ポープ(Pope Manufacturing Company)の依頼で編集を担当した。


自轉車瓦版 第72号

「ザ・ホイールマン」誌
 1883年発行

12頁

パウダーハウス・ロックはかなりの高さにそびえ立つ急峻な岩棚で、その頂上には、地方時代や独立戦争時代に弾薬を保管するために使われていた趣のある小さなレンガ造りの建造物がある。画家がそれをスケッチしている間、他の者たちは曲がりくねったチャールズ川と美しい田舎の村、デダムの美しい景色を眺めていた。デダムの元の名前であるコンテントメントは決して変更されるべきではなかった。
東の通りと間隙の向こうに、長さ4分の3マイルの運河の終点を見た。この運河は1639年にチャールズ川からモッシャー・ブルックに水を引くために作られたものだ。これはアメリカ合衆国で最も古い運河で、「ミル・クリーク」と呼ばれるチャールズ川とネポンセット川を結ぶ連絡路で、6つの町と3つの都市からなる島を形成している。・・・