ここでハインリヒ・ホルストマンについて少し触れたいと思う。
ハインリヒ・ホルストマン(1874年10月30日~1945年5月4日)は、1895年にフランク・G・レンツが不運にも自転車での世界一周を果たせなかったの知り、自分が挑戦したいと思うようになり、家族や周囲の反対をおしきり、自転車世界一周の旅へ出発した。
その経路は、まずにドイツから内陸部をサイクリングしながらベルギーの港まで自転車を進め、そこから船でイギリスに渡り、さらにイギリスからは大西洋を航海し、アメリカ大陸に向かった。アメリカに渡った彼は、大陸横断鉄道のルートに沿ってサンフランシスコを目指した。サンフランシスコからいよいよ船で太平洋を渡る。途中、ハワイにも寄り、横浜に1896年10月24日に到着した。
1896年(明治29)10月24日の早朝、日本の長い海岸線を遠望し、徐々にその山並みが迫ってきた。6時ごろ浦賀水道から観音崎を見て横浜港に入る。10時に横浜港に無事到着。入港した汽船の周りにはたくさんのボートが集まってきた。ボートに自転車と共に乗り移り、数分後に上陸した。横浜港の岸壁を上がるとその足ですぐにドイツの税関を訪ねた。この領事館も言語は一般的に英語なので「ドイツ語を話せるか?」と質問したところ、ドイツ語で返事が返ってきた・・・
ハインリヒ・ホルストマンの旅行記は、
Meine Radreise um die Erde vom 2. Mai 1895 bis 16. August 1897: Der Bericht des ersten deutschen Fahrrad-Weltreisenden anno 1895 (ドイツ語) 、Hans-Erhard Lessing (編集, 解説), Heinrich Horstmann (著)が2007年10月1日に発行されている。
その後の彼の足取りは、香港~シンガポール~インド(カルクタ)~エジプト~イタリア~スロベニア~オーストリアを経て、27ヶ月後にドイツ(ヴッパータール)に戻る。
旅行後は、ベルリンに移り住み、自転車販売店を起業。さらにワインと葉巻の取引も始め、多額の利益を上げたとある。
ハインリヒ・ホルストマンの旅行記より
1897年撮影
ルート図
資料提供:松島氏
自転車による世界一周旅行の嚆矢は、1886年(明治19)に来日したトーマス・スチーブンスだが、その後も10人以上が来日している。明治30年代までを当時の新聞、雑誌などから拾ってみると、次のようになる。
○トーマス・スチーブンス
自転車世界一周のスチーブンス来朝 1886年(明治19)12月4日付け時事新報
○オーストラリアのバーストン George William Burston と ストークス Harry Stokes
1889年(明治22)、自転車世界一周旅行へ。ただし日本には来ていない。
○ファニー・ブロック・ワークマン Fanny Bullock Workman(1859-1925) は、夫であるウィリアム・ハンター・ワークマン
1890年(明治23)、自転車を使用して世界旅行を始める。この旅行はその後10年間も続く。
○フランク・G・レンツ
自転車世界漫遊者の渡来 1892年(明治25)11月19日付け東京朝日新聞
○アレン Thomas G. Allen 、サクトルベン William L. Sachtleben
1892年(明治25)時事新報、自転車の世界一週の記事
○アニー・コーエン・コプチョフスキー
自転車乗り婦人の世界周遊 1895年(明治28)3月2日付け東京朝日新聞
○ハインリヒ・ホルストマン Heinrich Horstmann
1895年~1897年、横浜へ1896年(明治29)10月24日に到着
○ジョン・フォスター・フレイザーJohn Foster Fraser、サミュエル・エドワード・ランSamuel Edward Lunn、フランシス・ハーバート・ローFrancis Herbert Lowe
1896年7月に自転車世界一周旅行を開始。世界一周の旅行者が東京に到着、1898年(明治31)2月17日付け国民新聞
○ウィリー・シュバイガースハウセン(Willy Schwiegershausen)グスタフ・コーゲル(Gustav Kogel)
1899年(明治32)8月10日 東京日日新聞 世界一周の自転車乗りの記事
○カール・クリールマン(Karl Creelman)
1899年から1901年にかけて自転車世界一周旅行
"AROUND THE WORLD AWHEEL" Brian Kinsman,Published by Lancelot Press (1993)
○中村春吉
日本人初の世界旅行者 1902年(明治35)2月22日横浜港を出発
これ以外でも新聞に載らなかったり、見落とした来航者はあると思うが、今後も調査したい。