任天堂の自転車
昨日の続き、
下の①写真の補足説明である。
実は自転車の前にあるスタンドが気になっていた。最近では駐輪場のサイクルスタンドは何処でも見かける。そしてその形状や形態は様々である。私がいつも行くスパーや図書館の駐輪場にも当然設置されている。
昨日は、この①写真にあるような自転車スタンドがないか探していたのである。先ほど各商店の当時の商報を丹念にめくっていたら、それらしきスタンドが出てきた。③がその写真である。これは大正4年発行の宮澤商報で、84頁に載っていた。この商報には次のように書いてある。新発売 店頭用(折畳ミ自在)鉄製自転車台とあり、その他口上書きもある。
価格は、生地 1台 2円50銭、黒塗り 1台 3円30銭
とあり括弧書きに(錠前ナシ)とあるが、よく見ると鎖状のものが3台分付いている。これが鍵の役割のようである。
任天堂の店の前に置かれた自転車スタンドを見ると、かなり近い形状で、スタンドの相互(右左)に置けば、3台は利用できそうである。スタンドの上には店の名前である山内任天堂と読める。その上にはマークらしきものも描かれている。不鮮明だがおそらく店の大きな看板にもある丸福(MARUFUKU)と思われる。②を参照。
下の写真の解説を少々、
①自転車の後ろ荷台には、荷物がある。荷台の大きさは、あまり横幅がない。⑤にあるような荷台と思われる。付属の皮紐により荷物を縛る。
泥除けのステーを見ると左右それぞれ2本で支えている。(後輪側も同様)最近の自転車は1本(左右で2本)が多い。
ブレーキはロッド式、ハンドルの右側にベル、丸いので回転式のようにも見える。サドルはスプリング付サドルだが、所謂ハンモック・サドルではないようだ。ヘッド部あたりにアセチレンランプが見えない。ライト・ブラケット(ランプ掛け)もなし。風切りも見当たらない。
⑥は、大正7年5月22日発行 第24号 山本タイムス 39頁、荷台が2種類とスタンド1種類出ている。①の任天堂の自転車のものと比較してほしい。
これらの資料からも任天堂の店舗前の写真は明治22年ではないことが分かると思う。更に今後もこの自転車から類推して、この店の撮影年代を特定できないまでも、近づいてみたいと考えている。どこまで大正期を遡ることが出来るかである。
取り敢えず今日の資料で大正4年まで。