自転車の思い出
ヒヨコの蠅叩き⑱ 自転車の思い出
群ようこ
私は子供のころは自転車が大好きだっ た。小学生のころは遊びに行くのにも、自 転車がないと話にならないので、いつになったら自転車に乗る練習をしようかと、わくわくしていたものだった。補助輪がついた自転車は、ひどくかっこ悪くみえたので、とにかく自分の体に合う自転車よりも、ひとまわり大きいものに乗るのが、憧れだった。
近所に住む同級生のお兄さんが、昔使っていた使わない自転車があるというので、それを借りて家の前の道路で練習した。舗装はされていたが、車がほとんど通らなかったので、車に轢かれる心配はなかったが、そのかわりにどれだけ道路わきのドブに落ちたかわからない。ドブといっても深さが三十センチ足らずだから、前輪でつっこんでひっくりかえるとか、ドブの縁に向こうずねをしこたまぶつけて泣きそうになるとか、その程度のものであったが、どうしてこんなに転ぶのかというくらい、転びまくったのである。
最初は母親が後ろについて両手で自転車をささえ、私がペダルをこぐのと同時に手を放す方式でやっていた。後ろを振り返る余裕など全くないから、ただ目をかーっと見開いて、ペダルをこぐだけである。背後からは、「もたもたこいでると、よけい転ぶよ。べ ダルを早くこぎなさい。あーあー、ほらほ らちゃんとハンドルを持って、あーあーあ ー、ドブがー、ドブー!」
とめちゃくちゃうるさい声がする。こっちだってわかっているのに大声を出すから、よけい緊張する。転ぶのは痛いしかっこ悪いから、絶対に避けようとしているのに、はっとした瞬間によろめいて、すてー んとひっくり返るのだった。
すると母親は、「はい、もう一度、ハンドルがふらふらしてるから、転んだのよ」
と鬼コーチのように、やる気まんまんな・・・・
BUNGEISHUNJU 98 12
初めて自転車に乗れたのは小学校 2 年生の時である。秦野市立本町小学校の校庭で自転車乗りの練習が始まった。この校庭からは丹沢の表尾根である二ノ塔や三ノ塔などがよく見えた。
父の大きな黒塗りの実用車を引っ張り出してきて、校庭で自転車訓練の開始である。
最初は自転車の後ろ荷台を兄に支えてもらいスタートする。当然、チビなのでサドルには跨げない。そこで当時の子供が誰でもやっていた三角乗りという方法である。最初は自転車のバランス感覚をつかむためペダルは漕がず、後ろから兄に押してもらう。
自転車が少し加速したところで、知らない間に兄の手が荷台から少し離れる。転倒しそうになるとまたすぐに荷台を支えてもらう。だが何度も転倒し膝などをすりむく。このような試練を経て練習をかさねるうちに体がバランス感覚を覚え、後ろの兄がいつ手を放しても徐々にその走行距離が伸びてくる。最終的には自分だけの力でスタートできるようになる。これをさらに何度も繰り返すうちに、今度は両足を使って、三角乗りの状態でペダルを回転させる。直進だけであったものがハンドルを少し動かし方向転換もできるようになる。だがやはり何度も転ぶ。・・・