2020年12月11日金曜日

自転車学

 以下の記事は、輪史会の顧問でもあった佐野裕二氏の投稿である。
会報「自轉車」第32号 1987年3月15日発行からである。
 昨日のブログ、原典「自転車の一世紀」でも紹介した。佐野先生の記事で、以前から自転車学を提唱していた。

「自転車学」の提唱  佐野裕二

1、研究を組織化すること
 自転車を愛するばかりでなく、自転車の文献資料を集めたり、記録を作ったりする努力は、わが国でも明治以来細々ながら先人たちが続けてこられました。
 欧米諸国では、たくさんの車両関係博物館を始め、個人コレクターなど裾野の広い研究が盛んなようです。
 日本でも、さいきんは同好の士が増えてきたことは素晴らしい傾向だと思います。国内保有台数が6千万台に迫る今日、自転車関係のさまざまな角度からの研究が行われるのは、自然な成行きとも申せましょう。個人の熱い想いに裏打された研究の一つ一つは、巨大な足跡でなくても、次代への貴重な物として至高なもののひとつとなることでしょう。このような研究は、研究成果を体系として位置づけ、大きな流れとしてシステム化することが必要になってきていると思われます。

2. 分類体系化によって価値を高める
 「自転車学」といえば固苦しくなりますが、自転車好きの大勢の仲間のうちには、関係の文献資料を発見したり、歴史的なめずらしい自転車・部品にめぐり合ったりすることがあってもふしぎではないはずです。そうしたことは個人としての秘かな喜びであるとともに、大きな流れのなかで確かな位置を占めることになれば、その値打ちはより高いものになります。 
 自転車の研究と一口にいっても分類すれば多岐にわたります。歴史としてだけでも工学史、産業史、風俗史、文化史、社会史などいろいろな分野に分れますし、ジャンル別では生産流通、体育医学、競技、サイクリング、交通、整備技術など、分類方法にも幾通りもの選択肢が考えられます。おのおのの分野で専門家も熱心なアマチュアもおられます。
 これらの複雑な各分野における研究はどれも貴重ですが、体系として取りまとめるシステムを確立することによって、研究成果は確かな位置づけを持つことになり、価値は一層高まるに違いありません。どんな体系を描くかについては大いに検討すべきでしょうが、総合的な体系づくりをすることによって、研究者のターゲットも明確になり、作業はしやすくなり利益は大きいものと思われます。

3. 自転車研究は文明の原点
 自転車の発明と発展は、自転車がまだなかった時代と較べれば、人類に計り知れない貢献をしてきたことは確かなことです。自転車の発明工夫を起点として、近代の科学文明は各種の車両航空機などをめざましく開発し、自転車はともすれば華やかな舞台から遠ざかる傾向で推移してきましたが、それでも今日なお約10億人の利用者層があります。自転車学というたしかな姿勢を持っても決しておかしくはないのではないでしょうか。

4.自転車の過去・現在・未来像
 生産部門では自転車ばかりでなく、過去を振返らず、大切な足跡を棄てて顧みないのがこれまでの日本企業の通弊でしたが、試行錯誤を繰返してきた過去の実績によって現在と未来があるのですから、史料保存の努力は単なる回顧趣味ではありません。時代遅れ無価値と思われる史料が未来展望の足がかりとなることも少なくありませんでした。
 自転車についての各分野にわたる研究が行われるようになれば、自転車学として集大成するシステム造りが早晩必要になってくるものと思われます。その組織図の作成には多くの研究家たちの合意を必要とすることはもちろんですから、決してやさしくはないと思いますが、そうしたことを考える時期として現在は早すぎるともいえない気がします。このような提唱をすることは、私としては潜越なことだとは承知しておりますが、いずれ誰かが発言しなければならないことと思って、あえて同好の方たちに呼びかけてみることにした次第です。
 自転車研究家諸賢の参考になれば幸いです。

日本の自転車史を確立し、牽引してきた佐野先生の提言だけに、説得力がある。
自転車に携わるすべての関係者にお願いしたいところである。