2020年12月12日土曜日

スポークの折損

 以下の記事は、輪史会の会員であった井上重則氏の投稿である。
会報、第32号 1987年3月15日発行より。

 なぜこの記事を載せることになったかとういうと、また今日も1978年製のオルモの後輪のスポーク1本が折損したからである。今年に入りこれで4回目である。コロナ禍の影響ではないが、この自転車の年齢は42歳。人間で言えば厄年(全く関係のないこと)にあたる。他の部品はかなり交換しているが、このスポークは当時のままである。こうも度々折れては、遠乗りもできない。また行きつけのコスナサイクル(老舗である)へ修理に行く。
 経年老朽化で、今日はさすがに前後ホイールを交換することに決めた。ただしハブとフリーはいまのものを再使用する。本当はホイールを全部交換したいところであるが、ハブと6段フリーンはすぐには見つからない。そこでタイヤ、リム、スポークの交換ということになった。

 ここで、井上氏について触れる。彼は以前、犬山にあった技術研究所(財団法人自転車産業振興協会技術研究所)に勤めていて、私は2.3回お会いしている。確か拙宅にも見えた記憶がある。残念ながら彼もいまは物故者になってしまった。古いニューサイ(ニューサイクリング誌)の読者なら彼が投稿した記事を何度か目にしたはずである。
 彼は、自転車技術研究所で発行していた「自転車生産技術」が出るたびに、いつも親切に送ってくれた。この雑誌は専門的な技術系の記事なので少し敷居が高かったが、時々興味ある部分を拾い読みした。いまでは懐かしい思い出になっている。

”歴史は繰返す”スポークの折損より
井上 重則

 ここに一冊の本がある。もちろん私の読める日本語で書かれている。昭和33年に日本工業会が訳したもの、「自転車・手入れの手引、一般知識」、元本は「手入れの手引」の方がCycling Book of Maintenance 1954年第3版、「一般知識」が Cycling Manual 1954年第23版、共に著者はH・H・England という Cycling 誌編集者である。なお著者および発行所にはなんら了解連絡をしていないので取扱いに注意くださいとの記述がある。30年近く前の日本の常識であったのかとも思うが、こまったもんだ。
 この中に面白い記載がある、全部を載せていただくべきであるが、いささか長いので一部を紹介すると、
 頭の部分におけるスポークの折れ、もっと正確にいえば、首の曲がった部分におけるスポークの折れは、ハブ・フランジ(Hib Flange)の厚みに比して曲がった部分の寸法が長すぎるか、ハブ・フランジの厚みが頭の曲がり部分の長さに比して薄すぎたりすることに原因がある場合が多く、いずれにせよこれは一見してそれと気が付くものである。(中略)
 むかしといまと比べると、スポークの折損事故は最近のほうがずっとふえているようである。むかしに比べれば理論上数々の進歩発達を見ている今日、かえってスポークの折損事故がふえているというのは、一見はなはだ矛盾しているように思えるが、事実は正にそのとおりなのである。
 これについてむずかしい、また手取り早い 理由をあげようとは思わないが、永い間にわたって実際にこの眼で見てきたところによると、スポークの折損は、前にいった二つの原因(首の部が長すぎること、あるいは荷重のかかりすぎること)によって起っているようである。もちろん、このほかにもさらに深刻な原因があるかも知れない。
 という話である。昭和29年にすでにスポークの首下寸法が長過ぎるという指摘がされており、その時点で以前の方がスポークが長持ちしたという記載まである。さらに、国は異るが、ここ10年来日本でも問題視されているスポーク折れの多発と同じである。
 下の図1に現在のスポークに関する JIS 規格の寸法を示す。h で表示されているのがスポーク首高さと称する部分で 6mm である。この6mm という寸法、なんと戦前の規格から変っっていないんです。一方ハブのフランジの厚みはJISでは明確に定まっていない。一部図中の参考寸法という感じで2.5mmという数字があったり、少し古いJIS(昭和40年頃)では同様に 2.5mmという記載がある。現状市販品では綱製ハブで 2.3mm、アルミ製で2.6mm 前後が多い。戦前のハブフランジ厚みは定かでないが、製法的にプレス製のものはほとんど考えられず、鋳造、鍛造品を切削加工したと考えられ、特に鋳造のものなんかは相当に厚かったと想像される。
 つまりフランジ厚みの方はどんどん薄くなっているのに対し、スポークの首高さは一定である。この原因として考えられるのは組立て易さの追求の一語につきる。つまり寿命を永くというよりも、コスト要求の結果として寿命が犠牲になっているのである。スポークの穴径にしてもそうである。#14スポーク(太さ2mm)を使うハブの穴径は JISでは2.5mmと定まっているが、公差が+0.4まで認められており、現行のハブの穴径は約 2.85mmといったところである。
 現状、私の確認している範囲でのスポーク寿命を延ばす方法を一言で言うと「通しにくい組合せほど寿命が永い。」となる。つまりフランジの厚い、穴径の小さい、面取の少ないハブに、太い、首下寸法の短いスポークを無理矢理通して組立てた車輪ということになります。
 歴史は繰返すといいます。ユーザーの扱いも目に余る部分がありますが、かなり短い走行距離でスポーク折れの発生している事例も多いようです。早く現状が改善されんことを期待しています。

スポークと線径

技術研究所の沿革
●昭和29年、 自転車競技法に基づく事業として「自転車生産技術開放研究室」を社団法人日本白転車工業会によって通産省工業技術院名古屋工業試験所(名古屋市北区)内に開設、東京都立工業奨励館内に「東京分室」大阪府立工業奨励館内に「大阪分室」を開設。
●昭和33年、 自転車生産技術開放研究室を継承し、「財団法人自転車技術研究所」を設立。
東京分室、大阪分室を「東京指導所」、「大阪指導所」に改称。
●昭和39年、 財団法人日本自転車産業協会と合併統合し、「財団法人自転車産業振興協会」を設立し「財団法人自転車産業振興協会自転車技術研究所」として事業所運営となる。
●昭和43年、同研究所、愛知県犬山市へ新設移転。
●昭和46年、「財団法人自転車産業振興協会技術研究所」に改称するとともに、「東京指導所」、「大阪指導所」を「東京支所」、「大阪支所」に改称。
●平成6年 、東京支所を閉鎖し、2事業所運営となる。
●平成8年、大阪支所を本所に統合。
●平成13年 、「財団法人自転車産業振興協会技術研究所」を大阪府堺市に移転。(13年4月)

以上の沿革は、「技研移転、 中京地区での技術研究所46年 」より

「自転車生産技術」
自転車技術研究所発行