2021年1月11日月曜日

モールトン・ミーティング

☆モールトン博士、来日
モールトン自転車の生みの親、アレックス・モールトン博士が、1994年の11月初旬日本を訪れた。
これを記念して、各所でいろいろな行事が催された。
11月4日、自転車文化センターでの講演会。
11月6日、ダイナベクター主催によるオーナーズミーティング
11月7日~15日 (土、日除く)モールトン車の歴史展示会(自転車文化センター)など。

私はこのうち、八ヶ岳山麓原村で行われたオーナーズミーティングに参加。
午前6時、私の家に茅ヶ崎の渋谷氏が到着。一路、車で原村に向かう。
現地には9時頃着いた。受付けまで間があったので、周辺を散策。そのうちモールトン車を積んだ車が三三五五集まって来た。10時近くになると、ジャガーに乗ったモールトン博士が到着。
10時から受付けが始まり、会場である八ヶ岳自然文化園のホールへ向かう。会場には続々とオーナーが持ち寄ったモールトン車が運びこまれた。全部で70台ぐらい集まっただろうか。
11時からモールトン博士の講演等が始まる。
オーナーとの質疑応答もあり、和やかな雰囲気につつまれた。
午後からは博士と一緒にツーリングも行われた。
私は、渋谷氏のモールトン(AM2)を借り、6キロコースを2周。気持ち良い汗をかいた。
全体として、良いミーティングだったと思う。博士も恐らく満足な一日を過ごされたことだろう。
なお、この日、日本モールトン・オーナーズクラブが発足し、初代会長に東京の坂田 衛氏が就任した。

日本モールトン・オーナーズ・クラブの会報(創刊号)
写真提供:渋谷良二氏

シンプルなモールトン(AM2)

★クラシック・モールトン
1995年11月22日に八ヶ岳山麓で行われた第2回モールトン・ミーティングでは、クラシック・モールトンが何故か注目を集めていた。
人が持たないものを持ちたいという願望は、誰にでもある。
特にこのような趣味人の世界では、それが際立つ。
最新鋭のものか、希少なクラシックの自転車に目が向けられるのは当然だ。
そして、ますますこの傾向は強くなる。それだけ幅も深みも出てくるのだろう。
モールトンも既に歴史的自転車になったのである。

ダニエル・ルボアが描いたクラシック・モールトン


2021年1月10日日曜日

老舗さんぽ㉕

 昨日、また下曽我の老舗さんぽである。一石自転車店の位置の再確認と星野自転車店の確認である。どうも最近、物覚えが悪く(以前からだが)すぐ忘れてしまう。

旧星野自転車店の場所も、分からなくなり、丁度来合わせたおばさんに聞いてみた。「うちの家の近くで、ここではない」とのこと。ここから2軒ほど先にあった。なるほど前回写真に撮った店だ。

その後、近くにある現在の星野自転車店を訪ねた。丁度、店主がいてお客さんと話していた。「一石自転車店の場所は、現在ある”千代のや”のところですか」とお聞きしたら、そのあたりだ、とのこと。これで一応再確認ができた。前回、風月堂で戴いた戦前の商店街の地図でも風月堂から下曽我駅に向かって4軒目の場所である。下の写真がその場所。

確認できたところで、下曽我の旧道を自転車で走る。入り口付近に長谷川畳店がある。この辺りは、長谷川、神保、佐宗、富田、穂坂などの苗字が多い。

長谷川畳屋を過ぎて、中河原梅林を通り、そこからぼ梅林踏切を越え、上曽我方面に向かう。渡り鳥のケリの確認である。この日は3羽だけであった。いつもは10羽以上いるのだが少ない。そして延清経由で帰路へ。

戦前は一石自転車店
「千代のや」スーパーマーケット 現在は廃業

やはり戦前はこの場所が星野自転車店

向かって右側の側面

現在の星野自転車
県道72号線(松田国府津線)下曽我駅入口交差点付近

長谷川畳店 曽我谷津
ここが旧道の入り口

2021年1月9日土曜日

デートンのフレーム?

☆デートンのフレーム?

以前、平塚の宮川サイクルスポーツで古いフレームを入手。どうやらこのフレーム明治期のものらしい。マークも何もないので、まったくどこのフレームか分からないが、形はデートンを思わせる。
色も勿論デートン色の海老茶。ただ気になることはフレームのサイズが小さいことである。恐らくこれはデートンを真似た日本製かもしれない。いずれにしても、不可解なフレームである。
このフレームの出所を宮川氏に尋ねたところ、何でも厚木市のある森谷自転車店に昔からあったものだとか。
森谷自転車店の創業は古く、明治40年3月である。
昭和4年の名鑑には、愛甲郡厚木町本町 森谷商店 店主 森谷邦蔵
営業課目、宮田製作所、日米商店代理店、各種自動自転車、販売並びに修繕
とある。

他の厚木の老舗では、加藤自転車店(加藤浅次郎)を思い出す。創業は古く、明治後期と聞いている。前の職業は鍛冶屋で鍬と鎌などの製作と修理を生業としていた。

デートン型のフレーム

シートピラー

チェーンホイール

後輪ハブ 18穴

2021年1月8日金曜日

自転車日記⑤

 購入して1時間ほどでオシャカになったプジョー

1974年3月9日(土)午後から雨
横浜駅西口の島田商店へ。プジョーを買うためである。
ヤマハが輸入した安物のプジョーである。ちょうどショールームにその自転車は展示されていた。即決これを買うことにした。これからこのプジョーに乗り、茅ケ崎まで帰る予定であったが、雨が降ってきたことと、ライトがないので、明日取にくることにした。
一応、代金の85.000円は前払いした。

1974年3月10日(日)雨、午後から晴れ
11時50分に家を出る。横浜のシマダまで自転車を取りに行く。
横浜駅のジョイナスで腹ごしらいして、島田自転車店に向かう。
昨日、購入したプジョーPR10を受け取る。
帰路のコースは、国道1号線で保土ヶ谷~戸塚~藤沢まで順調にきたが、ここで交通事故に。
場所は大鋸付近、前方にバンの軽自動車が走っていて、急に左折、その横腹にあたり転倒、プジョーは折れ曲がり、自分の体は、顔面打撲と腕や足に擦過傷を負う。丁度、近くでも交通事故があったらしく、実況見分中の警察官がいて「また反対側でも事故だ」とばかり、すぐにこちらに飛んでくる。何とか起き上がったが、彼方此方が痛い。警察官はすぐに救急車を要請、間もなく救急車が到着して、それに乗込む。藤沢市内の病院で診てもらい。どうやら打撲と擦過傷だけで、骨には異常がないとのこと。その後、藤沢の警察署に行き、事情を聴取されたり、今後の示談の話などをする。家に帰ったのは夕方になってしまった。顔が腫れているので、家族はびっくり、「もう自転車には乗るな。これで懲りたはず」

プジョーは1時間半乗っただけでオシャカになってしまった。
手痛い買い物であった。

(1ヶ月を過ぎたあたりから、また自転車が欲しくなる。まだ懲りていない)

当時のカタログより

2021年1月7日木曜日

大正期の絵葉書①

 大正期の絵葉書①

この絵葉書の撮影年月日は定かではないが、おそらく大正初期と思われる。

場所は遠州の法多山である。私は浜松に居た昭和55年~昭和57年まで、初詣は必ずこのお寺に参拝した。すでにこのブログ(お寺のダルマ自転車)でも書いているが、この寺の境内で、明治20年代のダルマ自転車を発見したことであり、いまでもその情景を鮮明に覚えている。

この絵葉書を見ると、左側に自転車が3台並び、 馬子(まご)の姿や袴を着た人物も見える。更にこの人物は左手に木刀のようなものを持っている。まさか日本刀ではないと思う。明治9年の廃刀令で帯刀することは禁じられていた。

3台の自転車が置いてある場所は有料の駐輪場かもしれない。自転車の前輪にある木枠が駐輪場のようになっている。どれも後輪にはスタンドがない。自転車の近くにいる子供は小遣い稼ぎの番人のようにも思える。これは当時の駐輪場の形態を確認できる一つの資料である。

門の左側に説教と書いた高札のような看板も時代を感じさせる演出のようで面白い。この絵葉書の構図は素晴らしい。

大正初期の絵葉書
法多山の総門

2021年1月6日水曜日

自転車日記④

 1974年11月3日(日)くもり

信号無視と挨拶無視
 今日は天気が悪く、寒い一日であった。それでもどうにか雨が降らなかったので、一日中自転車に乗った。
 午前中は、大磯から二宮を経由して秦野へ行く。復路は、金目川沿の道を通って帰る。ちょうど平塚の江南高校にさしかかったところ、信号機が赤に変わったので停止した。後ろからラレー・カールトン・マークIV に乗った男が来て、そのまま追い越し、通り過ぎて行った。嫌な奴だと思いながら、信号機が青になるのを待って、その男を追い掛けたが、また信号機にぶつかってしまった。こちらは止まったが、その男はまたも信号無視して遠ざかって行った。私も何回か信号無視をしたことはあるが、この男のように毎回無視することは決してなかった。ラレー・カールトンに乗るような人間ならば、恐らく自転車好きなはずだ。確かにやたらと多い信号は嫌になるが、ルールは守ってほしいものだ。
 茅ヶ崎の家に戻り、ちょっと遅い昼飯を食べてから、今度は、鎌倉まで走る。和田塚の近くを通りかかったところ、前方から同じルジュンに乗った男に出会った。挨拶をしたところ、きょとんとした顔をして通り過ぎて行った。
自転車店以外でルジュンを見たのは、これが初めてであった。ルジュンを見たのは嬉しかったが、無視されてしまったのは残念だった。

信号無視と挨拶無視で気分を悪くした一日であった。

 1974年8月27日に金沢文庫の木下サイクルスポーツで購入したルジュン
木下サイクルスポーツの創業は昭和32年

2021年1月5日火曜日

大正期の写真

 この写真、大正初期であるのは間違いないと思うが、撮影年月日は分からない。

大正期に入ると、自転車は明治期の一部の金持ちの道楽品から大衆車へと変遷した。

この自転車を持つ人物も面構えからしてどうやら職人のようである。(顔と服装で判断してはいけないが)

自転車のヘッド部に取り付けられたアセチレンランプが時代を感じさせてくれる。

大正期の写真