2020年10月18日日曜日

ロンドン・ペダリング

この文章は、1976年(昭和51)1月10日発行の職場広報に投稿した「ロンドン・ペダリング」である。
あれからもう45年にもなる。まだ昨日のように当時の情景が蘇る。

ロンドン・ペダリング
英国の自転車雑誌「サイクリング」の昨年1月4日号に、軽合金の折りたたみ式自転車が紹介されなかったら、今度のロンドン・サイクリングは生れなかった。
アルミの箱型フレーム、前14、後16インチの変則車輪、56歯もあるチェーンホイール、重量はたった8kg、町に見る軽量ミニサイクルでも20kgはある。この魅力はそれ以来、頭にこびりついて離れなくなった。
できることならばこれを手に入れ、海外旅行とロンドン市中を乗り廻したいものだ。・・・
11月13日、待望の出発の日が来た。トランク一つの一人旅、アンカレッジ経由パリ行きのジャンボ機に搭乗、パリから英国航空でヒースロー空港に到着。羽田を発って26時間、ホテルで夕食、さすがに疲れ早々にベッドにもぐりこんだ。
夢も見ず第一夜が明けた。子期していたとはいえ雨だ。外は寒い、しかし心ははやる。あの自転車を一刻も早く見付けなければ・・・。
いよいよ行動開始だ。グレイズ・イン・ロードにあるコンドル自転車店に向う。地下鉄の車輛は古く、意外に汚ない。喫煙車、禁煙車と別れているのはタパコ好きのお国柄でしょうか。
店内にオリジナル・フレームがズラリと吊下っている。ラレー、コベントリー・イーグルのスポーツ車、その中に探す自転車はなかった。
日も暮れ、足も重くなりホテルに戻らざるをえなかった。
翌日はケニングトン・ロードのF・W・エバンズ店を目指す。
期待と不安と複雑な気持で店の前に立つ。その時、私の心臓は激しく鼓動し、血液が一気に脳天にのぼった。視線はウインドウの一枚の紙片に釘づけとなった、「サイクリング」誌の1月4日号ではないか。店内に入る。
アッタ。しかしハンドルに下げられた値段を見た瞬間、喜びはとたんに、暗澹となる。125ポンド・・・手持予算額は114ポンドしかない。どうしよう。
Could you make better price.I came to buy  from Japan.
たどたどしい発音で述べる。相手の言うことがワカラナイ。ついに筆談となる。息詰まる沈黙・・・ネバル、・・・最後の提案、104ポンド、税金10ポンド、相手のあきれ顔、暫くしてニコリと笑ってくれた。
Thank you 私の物になったのだ。
ホテルのあるケンジントンまで10キロ。早速、ペダルを踏む。ぐっと脚に力を入れるとフレームはたわむ。ペダリングの感触は五体をくすぐる。
ヨーロッパの名橋ウェストミンスター橋を渡る。テムズ川は茶色に濁っているが流れは豊かである。左側にイギリスの象徴であるビッグベンの時計台がそそり立つ。まさにイギリスに来たという実感である。尖塔が林立する国会議事堂に感動し、対岸のスコットランドヤードを望みなから、サイクリングを楽しむ。
ハンドルさばきの手の甲に初冬の風が冷たく吹きぬけていく・・・。
寒さと空腹と疲れを覚える。財布と相談の食事はハンバーガ2個にコーヒー、代金は〆て35ペンス、なんとか満ち足りて元気回復鼻歌まじりでベダルを踏む。
急に生理現象をもよおす。地理不案内もあるが公衆便所がどこにも見当らない。まだホテルまで10分はかかるだろう。青い顔でペダルを踏んだ。ハイドパークが横目に流れた。(オ)

F・W・エバンズのビカートン(Bickerton)

ビカートンのHPは → こちら