2021年8月13日金曜日

自転車関係資料㊵

自転車関係資料㊵

昨日からの続き
 下の資料は1933年(昭和8年)3月1日発行の「アサヒグラフ」第20巻第9号、
自転車特集「浪速津の交通文化 走る下駄」全部で11枚の写真が掲載されている。

其の2枚目が下の写真、
キャプションに、
子持ち三輪車
母親が子供達をうち連れて市内見物をしているかに見える。ここに至っては大の大人もばあやの感じデス

とある。
だがどう見てもセンスや情緒思考のない私からは大型三輪車で子供用三輪車を行商する態である。
50年以上前にはいろいろな行商を見かけたものである。金魚屋、風鈴屋、魚屋、八百屋、豆腐屋、箒売り、キャンディー屋、飴屋、ポンせんべい屋、紙芝居屋、富山の薬売り等々、中には押し売りもいた。
このような三輪車でも行商していたが、殆どは自転車やリヤカーを利用していた。箒売りなどは歩いての訪問販売であった。

この三輪車を見ると自転車とリヤカーを組み合わせたような特殊な形状である。それにかなり年季がはいっている。

一般的には自転車にリヤカーを牽引して行商していた。自転車に付ける特殊な接続金具も見たことがある。リヤカーを牽引しないときでも、この牽引金具(連結金具とも)が自転車のサドル下のシートポストに付いていたのを覚えている。

後の泥除けには鑑札のようなものが取り付けてあるが、ただの自転車用鑑札なのか、それともこの三輪車特有の鑑札なのか、或いは鑑札ではなく別なものなのか。
当時はリヤカー単体にも別な鑑札が付いていた。 

三輪車で子供用三輪車を行商

昭和8年3月1日発行の「アサヒグラフ」11、12頁