牛車の製作
下の資料は牛車の構成部品の名称について書かれている。
この元資料は1905年(明治38年)発行の「宮殿調度図解」関根正直 著である。
車輪は自転車でも重要な部品であり、その各部の名称も当然ながらこの牛車との共通点がある。たった一字の漢字にも意味がある。この難しい漢字そのものからも何となくその部品のイメージが浮かんでくるように思える。
以下、牛車の製作部分を抜粋する。
牛車の製作
上古の車はいかなる製作なりけむ、詳に知りがたし。藤原時代に至りての製は記録の文と、當時の繪畫とによりて窺ふことを得べし。醍醐天皇の延喜の始め、先規旧章をたづねて更に諸式を選定せられし中に、車の製並びに用材のさた見えたり。すなはち延喜の内匠式と、和名類聚抄とを合はせ考ふるに、轓、輪、輻、轅、轂、轉、軸等の名稱あり。
轓(ハン・ホン) 車の屋形なり。俗に車箱と書き久留末乃波古(クルマノハコ)と云ふ。輪 (わ・タイヤとリム) 於保和(オホワ)といふ。車脚の進轉する所なり。櫟(くぬぎ)を以て作る。
輻(や・スポーク) 輪と轂との間なる細木なり。夜といふ。矢の義なるべし。樫(かし)にて作る。
轂(こしき・ハブ) 輻の湊まる所なり。古之岐(コシキ)と稱す。俗に筒ともいふ。
轅(ながえ)車前の長き木なり。加奈江(ナガエ)といふ。長柄の義なり。俗に後方を鴟尾(トビノヲ)といふは、形よりや名つけけむ。
軛(くびき)轅の端にて、牛の領にあたる所なり。久比岐(クビキ)といふ。
轉(ころぶ・テン)車下の索なり。止古之婆利(トコシバリ)といふ。床縛の義なり。之を以て、車箱を車臺に結び付くるなり。